新国立劇場 2025/2026シーズンオペラ ヴェルディ「リゴレット」

徹底して楽譜を尊重し「リゴレット」の本質を導き出した画期的公演!

この公演は日本の「リゴレット」上演史における画期になると、最初に断言しておきたい。徹底して楽譜を尊重すると、聴こえてくるものがこんなに違うのかと、改めて驚かされたが、これこそが紛れもないヴェルディの「リゴレット」である。

エミリオ・サージ演出 ヴェルディ:オペラ「リゴレット」 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
エミリオ・サージ演出 ヴェルディ:オペラ「リゴレット」 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場

オーケストラの音量が抑えられ、メリハリがあるところに、最初からいつもとの違いが感じられたが、明らかに異なると確信したのは、第1幕のスパラフチーレとの二重唱からだった。リゴレットは「あの老いぼれ、俺を呪いやがった」と消え入るような声で朗唱し、ジルダとの二重唱に入る前、「気の迷いよ!」と歌う場面では、高音を出さずに書かれたままのEを響かせた。ジルダと公爵との二重唱では、装飾を絡め合う技巧的カデンツァがカットされずに歌われ、掉尾をDesに上げたりもしない。その後のジルダのアリアも、慣習的なカデンツァは排された。最高音はEではなくCisだが、これがヴェルディのオリジナルだ。

ウラディーミル・ストヤノフ(リゴレット・左)と斉木健詞(スパラフチーレ・右)撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
ウラディーミル・ストヤノフ(リゴレット・左)と斉木健詞(スパラフチーレ・右)撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場

結果的に浮き上がったのは、(1851年という初演年を考えれば当然だが)ヴェルディの新しい人間劇はベルカントの歴史に継がれたものだ、という事実である。特に1幕後半から2幕冒頭にかけては、ヴォーカルラインが美しく、ベルカント時代に培われた歌唱技巧が随所に配されている。それが強調され、相応しい歌手たちが応えた。

リゴレット役のウラディーミル・ストヤノフはレガートが流麗で、弱音を巧みに使い、そこに感情の色彩を載せる。ジルダの中村恵理は近年声が成熟し、「仮面舞踏会」のアメーリアなど劇的な役も歌いこなすので、ミスキャストかと疑ったが誤解だった。いまなお少女の声を響かせて叙情的なレガートを歌える。そのテクニックに脱帽させられた。マントヴァ公爵のローレンス・ブラウンリーは、これがヴェルディへのデビューだが、安定した響きのスタイリッシュな歌唱。三者の相性がよく、歌唱美が強調された重唱は、フィギュアスケート・ペアの「りくりゅう」のように声が美しく重なり合った。

ジルダの中村恵理は少女の声を響かせて叙情的なレガートを歌った 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
ジルダの中村恵理は少女の声を響かせて叙情的なレガートを歌った 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
安定した響きのスタイリッシュな歌唱を披露したマントヴァ公爵のローレンス・ブラウンリー 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
安定した響きのスタイリッシュな歌唱を披露したマントヴァ公爵のローレンス・ブラウンリー 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場

2幕冒頭の公爵のアリアも、最後に慣習的に付加される高いBを避けてGのまま歌われ、大抵カットされるカデンツァやトリルは、しっかり加えられた。その後のカバレッタの繰り返しもカットされない。ブラウンリーの歌唱美もあって、ヴェルディが伝統的スタイルを用いて公爵の楽天的な情愛を表したことが明らかになる。すると相対的に、その後のリゴレットの苦悩は深まる。「悪魔め、鬼め」は激しさよりも、声の強弱と色彩で表される苦しみのほうが濃く、内面に闇を抱えた男の煩悶(はんもん)がこのドラマのテーマだと気づかされる。だからジルダとの二重唱の「復讐だ!」という叫びに説得力がある。重唱の最後をDesに上げたりもしない。

ストヤノフ(リゴレット・左)、中村(ジルダ) 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
ストヤノフ(リゴレット・左)、中村(ジルダ) 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場

どこまで楽譜通りだったか、挙げればキリがないが(それは、いかに楽譜が尊重されていないかの証左でもあるが)、第3幕の「女心の歌」もハイHを伴うカデンツァは、楽譜にないので排除された。リゴレットも慣習的に高音を出す場面が、すべて楽譜通りに歌われた。管弦楽が歌唱を煽るように強く奏されることもない。逆説的だが、だからこそ人物の心が浮き上がる。ジルダの自己犠牲の場面でのハミングコーラスを交えた風雨や、惨劇の様子なども、いきおい強い存在感を得る。つまり、美しくあるべき箇所と静かであるべき箇所、激しくあるべき箇所が、それぞれ明瞭になるのである。

すべて楽譜通りに歌われ、人物の心が浮き上がる演奏だった 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
すべて楽譜通りに歌われ、人物の心が浮き上がる演奏だった 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場

こうした演奏を選び、牽引した指揮者のダニエーレ・カッレガーリ(主催者表記=ダニエレ・カッレガーリ)には、心から敬意を表したい。エミリオ・サージ演出の暗めの舞台と、抑えられた管弦楽とのマッチングがよかったことも付記しておく。〝迫力に欠ける〟と感じた人もいるだろうが、私たちが慣れている「リゴレット」の〝迫力〟は慣習的に加えられたもので、削ぎ落してヴェルディの意図を尊重するとこうなる。それが日本で初めて示された、記念すべき公演であった。

(香原斗志)

公演データ

新国立劇場 2025/2026シーズンオペラ
ヴェルディ「リゴレット」

2月18日(水)18:00新国立劇場 オペラパレス

指 揮:ダニエレ・カッレガーリ
演 出:エミリオ・サージ
美 術:リカルド・サンチェス・クエルダ
衣 裳:ミゲル・クレスピ
照 明:エドゥアルド・ブラーボ
振 付:ヌリア・カステホン

リゴレット:ウラディーミル・ストヤノフ
ジルダ:中村恵理
マントヴァ公爵:ローレンス・ブラウンリー
スパラフチーレ:斉木健詞
マッダレーナ:清水華澄
モンテローネ伯爵:友清 崇
ジョヴァンナ:谷口睦美
マルッロ:成田博之
ボルサ:糸賀修平
チェプラーノ伯爵:吉川健一
チェプラーノ伯爵夫人:十合翔子
小姓:網永悠里
牢番:三戸大久
ほか

合 唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京交響楽団

プログラム
ジュゼッペ・ヴェルディ:オペラ「リゴレット」
全3幕 イタリア語上演/日本語及び英語字幕付

他日公演
2月21日(土)、23日(月・祝)、26日(木)、3月1日(日)
14:00新国立劇場 オペラパレス

Picture of 香原斗志
香原斗志

かはら・とし

音楽評論家、オペラ評論家。オペラなど声楽作品を中心に、クラシック音楽全般について執筆。歌唱の正確な分析に定評がある。著書に「イタリア・オペラを疑え!」「魅惑のオペラ歌手50:歌声のカタログ」(共にアルテスパブリッシング)など。「モーストリークラシック」誌に「知れば知るほどオペラの世界」を連載中。歴史評論家の顔も持ち、新刊に「教養としての日本の城」(平凡社新書)がある。

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