東京・春・音楽祭2025  東京春祭プッチーニ・シリーズ vol.6「蝶々夫人」演奏会形式

バイロイト音楽祭で女性初の指揮者を務めたリーニフが、読響と共にプッチーニの名作を鮮烈に再現

2021年、「さまよえるオランダ人」を指揮し、バイロイト音楽祭における史上初の女性指揮者となったオクサーナ・リーニフが東京春祭に登場。​「蝶々夫人」では、悲劇的な結末へと向かって止めどなく高まる緊張感を、迫力あるドラマとして鮮やかに描き出した。

オクサーナ・リーニフが東京春祭に登場。音楽の力で「蝶々夫人」を迫力あるドラマとして描いた(C)平舘平/東京・春・音楽祭2025
オクサーナ・リーニフが東京春祭に登場。音楽の力で「蝶々夫人」を迫力あるドラマとして描いた(C)平舘平/東京・春・音楽祭2025

リーニフの指揮は切れ味が良く、速めのテンポで進行し、弛緩する部分がない。​ダイナミックの幅も広く、劇的な場面ではその威力を発揮した。​歌手との一体感もドラマの進行と共に高まり、登場人物の動機をきめ細かくオーケストラで表出した点も秀逸だった。​第3幕冒頭の間奏曲は蝶々さんの揺れ動く心を深く表現した。
読売日本交響楽団(コンサートマスター:林悠介)もリーニフに良く応え、集中力のある演奏を聴かせた。​弦楽器は磨き抜かれた音色を奏で、木管楽器はフレージングに歌心が感じられた。​金管楽器は緊迫する場面では力強い演奏を展開し、全体の盛り上がりに寄与した。打楽器も自害の場面のティンパニをはじめとして好演を見せた。

蝶々夫人役のラナ・コス(C)飯田耕治/東京・春・音楽祭2025
蝶々夫人役のラナ・コス(C)飯田耕治/東京・春・音楽祭2025

歌手陣も素晴らしかった。​特に主役のラナ・コスは、驚異的な声域と強靭な歌唱で気丈な蝶々夫人を演じ、「ある晴れた日に」では、不安に負けまいと自らを勇気づけるような劇的な歌唱を披露した。​ピンカートン役のピエロ・プレッティは、これぞイタリアのテノールとも言うべき強力な声量と張りのある歌唱で存在感を示した。​シャープレス役の甲斐栄次郎は温かみのあるバリトンで物語に厚みを加え、スズキ役の清水華澄も忠実な侍女としての心情を深みのある表現力で歌い感動を呼んだ。​

ピンカートン役のピエロ・プレッティ(左)とシャープレス役の甲斐栄次郎(右) (C)平舘平/東京・春・音楽祭2025
ピンカートン役のピエロ・プレッティ(左)とシャープレス役の甲斐栄次郎(右) (C)平舘平/東京・春・音楽祭2025

糸賀修平は狡猾で軽妙なゴロー役を見事に演じ、畠山茂はヤマドリ役でどこか憎めない人柄を巧みに表現。​ボンゾ役の三戸大久はおどろおどろしく歌い演じ、神官役の小林大祐も存在感のある声を響かせた。​登記係の大槻聡之介、ケート役の田崎美香、ヤクシデ役の望月一平も好演を見せた。​
東京オペラシンガーズの合唱も、緻密なハーモニーと力強い響きでドラマの背景を鮮やかに彩った。​

左から神官役の小林大祐、登記係の大槻聡之介、スズキ役の清水華澄(C)平舘平/東京・春・音楽祭2025
左から神官役の小林大祐、登記係の大槻聡之介、スズキ役の清水華澄(C)平舘平/東京・春・音楽祭2025

「蝶々夫人」を演奏会形式で上演することは、舞台装置や衣装がないため、観客の理解を深める上で様々な困難が伴う。​(清水華澄が和風のドレスを着用したことは、その一つの解決策であった。)​歌手は声の表現力だけでキャラクターの心情を伝えなければならない。​そうしたハンデを乗り越え、リーニフ、読響、歌手陣、合唱が一体となり、緊張感に富む音楽の力で物語を見事に紡ぎ出したことを称えたい。

(長谷川京介)

リーニフ、読響、歌手陣、合唱が一体となり、見事に「蝶々夫人」の物語を紡ぎ出した(C)飯田耕治/東京・春・音楽祭2025
リーニフ、読響、歌手陣、合唱が一体となり、見事に「蝶々夫人」の物語を紡ぎ出した(C)飯田耕治/東京・春・音楽祭2025

公演データ

東京・春・音楽祭2025
東京春祭プッチーニ・シリーズ vol.6「蝶々夫人」演奏会形式

4月10日(木)15:00東京文化会館 大ホール

指揮:オクサーナ・リーニフ
舞台監督:蒲倉潤 (アートクリエイション)

蝶々夫人:ラナ・コス
ピンカートン:ピエロ・プレッティ
シャープレス:甲斐栄次郎
スズキ:清水華澄
ゴロー:糸賀修平
ボンゾ: 三戸大久
ヤマドリ: 畠山 茂
ケート: 田崎美香
ヤクシデ:望月一平
神官:小林大祐
登記係:大槻聡之介

合唱:東京オペラシンガーズ
合唱指揮:仲田淳也
管弦楽:読売日本交響楽団
コンサートマスター:林悠介

プログラム
プッチーニ:歌劇「蝶々夫人」(全3幕/イタリア語上演・日本語字幕付)

他日公演:4月13日(日)15:00東京文化会館 大ホール

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長谷川京介

はせがわ・きょうすけ

ソニー・ミュージックのプロデューサーとして、クラシックを中心に多ジャンルにわたるCDの企画・編成を担当。退職後は音楽評論家として、雑誌「音楽の友」「ぶらあぼ」などにコンサート評や記事を書くとともに、プログラムやCDの解説を執筆。ブログ「ベイのコンサート日記」でも知られる。

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