優れた題名役、新たな輝き~新国立劇場 ミラー演出「ファルスタッフ」

題名役を務めたニコラ・アライモ 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
題名役を務めたニコラ・アライモ 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場

 新国立劇場がヴェルディ最後の歌劇「ファルスタッフ」、ジョナサン・ミラー演出の5年ぶり5度目の上演を2023年2月10〜18日、オペラパレスで行った(筆者は15日を鑑賞)。2004年初演時、ミラーは私とのインタビューで「大げさで型にはまったものではなく、より自然な、実生活と一致した方向の演技」を求め、フェルメールの絵画世界を模した視覚の中、「サンタクロースのように親しみの持てる人物」として「ファルスタッフを描く」と語った。2019年に亡くなったミラーがもし今回の題名役、1978年シチリア・パレルモ生まれのバリトン歌手ニコラ・アライモの歌と演技に接したら「そうだ、君の登場を待っていたのだ!」と叫んだに違いない。上から下までムラなく明るく暖かな色彩を帯びた声を縦横に操り、名優ぶった大げさな型を避け、喜劇の主人公としての軽やかさ、どこにでもいそうな「残念な人」の悲哀を極めて自然に描き出す。

 

 メキシコ人バリトン、ホルへ・エスピーノはさらに若く、デビュー後5年にも満たないが、いくぶん硬めの演技と張りのある声がフォード役には合う。脇を固める日本人の男声、フェントンの村上公太、カイウスの青地英幸、バルドルフォの糸賀修平、ピストーラの久保田真澄も充実していた。対する女声。アリーチェのロベルタ・マンテーニャ、クイックリー夫人のマリアンナ・ピッツォラートのイタリア人ゲスト2人はキャラクター、イタリア語の発音とも的確だが、声楽テクニック的にピークを過ぎていたのが残念だった。むしろメグには贅沢(ぜいたく)すぎる配役の脇園彩、新国立劇場で出演実績を積むナンネッタの三宅理恵の日本人2人の健闘が目立った。

脇を固めた日本人歌手らの活躍も話題に 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
脇を固めた日本人歌手らの活躍も話題に 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場

 アライモと並び、舞台を成功に導いた立役者は米フィラデルフィア・オペラ音楽監督のイタリア人指揮者コッラード・ロヴァーリスである。配役の多少の凸凹を十二分に補い、深く味わいのある音色を東京交響楽団から引き出し、ごく淡々とした棒さばきの果てにヴェルディの集大成、とりわけ幕切れのフーガの鮮やかな処理で作品の巨大なスケールを見事に再現した。東響はコンサートマスターや一部の首席奏者こそ交代するものの、アレホ・ペレス指揮の「タンホイザー」(ワーグナー)と「ファルスタッフ」の大作2つを同じ期間に交互上演する難題に挑み、高い水準の結果を出した。劇場スタッフやオーケストラの進化、新しい世代の歌手などの相乗効果で再演の水準が安定し、初演を観たことのない若い世代の観客が増えつつある状況を何よりポジティブに受け止めたい。

高水準の喜劇を生み出した今回の再演 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
高水準の喜劇を生み出した今回の再演 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場

公演データ

【新国立劇場 ヴェルディ:歌劇「ファルスタッフ」再演】

2月10日(金)19:00/12日(日)14:00/15日(水)14:00/18日(土)14:00

新国立劇場オペラパレス

指揮:コッラード・ロヴァーリス
演出:ジョナサン・ミラー
美術・衣裳:イザベラ・バイウォーター
照明:ペーター・ペッチニック
再演演出:三浦安浩
舞台監督:髙橋尚史
ファルスタッフ:ニコラ・アライモ
フォード:ホルヘ・エスピーノ
フェントン:村上公太
医師カイウス:青地英幸
バルドルフォ:糸賀修平
ピストーラ:久保田真澄
フォード夫人アリーチェ:ロベルタ・マンテーニャ
ナンネッタ:三宅理恵
クイックリー夫人:マリアンナ・ピッツォラート
ページ夫人メグ:脇園 彩
合唱指揮:三澤洋史
合唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京交響楽団

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池田 卓夫

いけだ・たくお

2018年10月、37年6カ月の新聞社勤務を終え「いけたく本舗」の登録商標でフリーランスの音楽ジャーナリストに。1986年の「音楽の友」誌を皮切りに寄稿、解説執筆&MCなどを手がけ、近年はプロデュース、コンクール審査も行っている。

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