東京・春・音楽祭2024 イノン・バルナタン ピアノ・リサイタル

うかつであった。東京・春・音楽祭でリッカルド・ムーティが指揮する「アイーダ」を堪能したすぐ後に、イノン・バルナタンのリサイタルを聴き、しかもこれについて書くことになるとは――。

バルタナンは抜群の運動神経と鋭敏な知性で観衆を魅了した。(C)飯田耕治/東京・春・音楽祭2024
バルタナンは抜群の運動神経と鋭敏な知性で観衆を魅了した。(C)飯田耕治/東京・春・音楽祭2024

だが、独唱と合唱と大管弦楽をムーティが緊密に統制したヴェルディの宿命劇の後で、ピアノによるオーケストラ音楽の愉楽を聴くのもまた興味深い体験である。ラモーもラヴェルも、ラフマニノフにしても、鍵盤とオーケストラいずれかの版がトランスクリプションというのではなく、併存する原イメージとして構想されていたと考えられるからだ。
とすれば、ピアノにはたんに多彩な楽器を模倣するのではなく、ピアニスティックな想像力で作品像を具現化することが求められる。ラフマニノフの曲題にとどまらず、〝シンフォニック・ダンセズ〟というのが、ピアノによるオーケストラ音楽を集めた本プログラムに交響するテーマだ。バルナタンはこれを鮮やかに叶えるべく、抜群の運動神経と鋭敏な知性を存分に揮った。彼の明朗快活なピアノは、円(まど)かな音で艶やかな色彩を織りなしつつ、演奏の喜びと生命感に充(み)ちている。

ガッツポーズまで飛び出した現代の俊英バルタナン。(C)飯田耕治/東京・春・音楽祭2024
ガッツポーズまで飛び出した現代の俊英バルタナン。(C)飯田耕治/東京・春・音楽祭2024

ラモーのト調組曲の抜粋から、モダンピアノの潤沢で透明な響きを活かし、機敏なリズムで濃やかな情緒を描き込む。ラヴェル「高雅で感傷的なワルツ」は、精密で丹念なバルナタンの資質にうってつけだ。ストラヴィンスキー(アゴスティ編)の「火の鳥」でも、鮮烈さと美麗さを併せもち、確実な手腕で細部を積み上げていった。
ラフマニノフの「交響的舞曲」はバルナタン自編の独奏版で、明敏な技巧により潤滑に躍動し、多様な表現を繋ぐ語り口の巧みさと構成力が光った。しかし、なにより純粋に響いてきたのは、ラフマニノフの切実な歌の息づかいだ。現代の俊英が寄せる親密な畏敬の念の賜物であろう。

(青澤 隆明)

公演データ

東京・春・音楽祭2024 イノン・バルナタン ピアノ・リサイタル

4月17日(水)19:00 東京文化会館小ホール

ラモー:「新クラヴサン組曲集」より 組曲ト長調 RCT6 
ラヴェル:高雅で感傷的なワルツ 
ストラヴィンスキー(G・アゴスティ編):バレエ音楽「火の鳥」より
 魔王カスチェイの凶悪な踊り
 子守歌
 終曲
ラフマニノフ(バルナタン編):交響的舞曲Op.45

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青澤 隆明

あおさわ・たかあきら

音楽評論家。東京外国語大学英米語学科卒。クラシック音楽を中心に、評論、エッセイ、解説、インタビューなどを執筆。主な著書に「現代のピアニスト30ーアリアと変奏」(ちくま新書)、ヴァレリー・アファナシエフとの「ピアニストは語る」(講談社現代新書)、「ピアニストを生きるー清水和音の思想」(音楽之友社)。

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