東京二期会オペラ劇場 ビゼー「カルメン」新制作

スピーディーでコンパクト、意欲的な好舞台

東京二期会のビゼー「カルメン」の初日。沖澤のどかの指揮、ピーター・ブルックの娘イリーナ・ブルックの演出による新プロダクションのワールドプレミエである。
本プロダクション最大の肝は、「オリジナルの台詞を復活させたアルコア版の〝台詞を抜いた〟上演」であろう。つまり「台詞やレチタティーヴォによる停滞を避けるべく、音楽のみによって進行する」形。これによって、場面が次々に変わっていくスピーディーな舞台が実現したのは確かだ。
この考えを理解していたという沖澤も、極力流れを止めずに、歯切れ良く引き締まった音楽を生み出した。加えて読売日本交響楽団の高機能サウンドが活力と程よい色彩感を付与した。

イリーナ・ブルックの演出による「カルメン」新プロダクション 写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:寺司正彦
イリーナ・ブルックの演出による「カルメン」新プロダクション 写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:寺司正彦

カルメン役の加藤のぞみは、ファム・ファタル的な面を強調することなく、自由に生きながらも悩みを内包した〝普通の強い女〟といった方向性。豊潤な声で安定した歌唱を聴かせた。もっと妖しさやアクの強さを望みたいところもあるが、このモノトーンさは〝スペイン臭を強調しない〟演出とマッチしてもいた。ドン・ホセ役の城宏憲は、演唱共に純真な青年ぶりを的確に表現。そして特に存在感を発揮したのは、エスカミーリョ役の今井俊輔とミカエラ役の宮地江奈だ。今井は力強い歌声で「自信に満ちた恋敵」を好演。宮地は、リリカルながらも芯のある声で「ホセの心を自分に向かせる」意思を明確に示し、表情豊かな歌い回しで魅了した。

豊潤な声で安定した歌唱を聴かせた加藤のぞみ(カルメン)と、演唱共に純真な青年ぶりを的確に表現した城宏憲(ドン・ホセ) 写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:寺司正彦
豊潤な声で安定した歌唱を聴かせた加藤のぞみ(カルメン)と、演唱共に純真な青年ぶりを的確に表現した城宏憲(ドン・ホセ) 写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:寺司正彦

演出自体は「2~30年後の近未来を舞台に、定住しないで生きていく人たちを描いた」とのこと。1、2幕の岩山風の装置やヒッピー風(にしか見えない)の衣裳その他気になる点はあったが、ロマ民族や難民等を含めた「さすらう人々を表現する」との意図は明瞭に伝わった。

舞台装置や衣裳で、さすらう人々を表現した 写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:寺司正彦
舞台装置や衣裳で、さすらう人々を表現した 写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:寺司正彦

だがしかし……。個人的に思ったのは、「台詞やレチタティーヴォがあってこそ、その後の珠玉の音楽が生きるのではないか」や「各曲の特徴や色合いの違いをもっと鮮明に打ち出してほしい」、さらには「ヴェリズモ風の内容を持つ〝カルメン〟は具象的な舞台の方がストレートに楽しめるのではないか」ということ。ただ、「チャレンジなくして変化も進化もない」ので、本舞台も意欲的で意味ある行き方ではあろう。
ともあれ総合的な感想は「トーンが一貫したコンパクトでテンポの良い好舞台」。

(柴田克彦)

※取材は2月20日(木)の公演

公演データ

東京二期会オペラ劇場 ビゼー「カルメン」新制作
オペラ全4幕 日本語および英語字幕付原語(フランス語)上演

2月20日(木)18:00、22日(土) 14:00、23日(日・祝)14:00、24日(月・休)14:00東京文化会館 大ホール

指揮:沖澤のどか
演出・衣裳:イリーナ・ブルック

2月20日、23日のキャスト ※( )内は22日、24日のキャスト
カルメン:加藤のぞみ(和田朝妃)
ドン・ホセ:城 宏憲(古橋郷平)
エスカミーリョ:今井俊輔(与那城 敬)
ミカエラ:宮地江奈(七澤 結)
スニガ:ジョン ハオ(斉木健詞)
モラレス:室岡大輝(宮下嘉彦)
ダンカイロ:北川辰彦(大川 博)
レメンダード:高田正人(大川信之)
フラスキータ:三井清夏(清野友香莉)
メルセデス:杉山由紀(藤井麻美)

合唱:二期会合唱団
児童合唱:NHK東京児童合唱団
管弦楽:読売日本交響楽団

※その他データの詳細は東京二期会のホームページをご参照ください。 
カルメン|東京二期会オペラ劇場 -東京二期会ホームページ-

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柴田克彦

しばた・かつひこ

音楽マネジメント勤務を経て、フリーの音楽ライター、評論家、編集者となる。「ぶらあぼ」「ぴあクラシック」「音楽の友」「モーストリー・クラシック」等の雑誌、「毎日新聞クラシックナビ」等のWeb媒体、公演プログラム、CDブックレットへの寄稿、プログラムや冊子の編集、講演や講座など、クラシック音楽をフィールドに幅広く活動。アーティストへのインタビューも多数行っている。著書に「山本直純と小澤征爾」(朝日新書)。

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