札響に新時代到来!次期首席指揮者エリアス・グランディが、叙事性を掴んだマーラーを聴かせる
ラドミル・エリシュカ時代、マックス・ポンマー時代、マティアス・バーメルト時代。それぞれ年に一度くらいだろうか、ホームの「キタラ」を訪れて札幌交響楽団を聴いてきた。その限りではあるが、断言しよう。札響は、エリアス・グランディを首席指揮者に迎えようとしている今、すでに新しくなっている。1980年、ミュンヘン生まれ。初共演は2020年の「カルメン」全曲。その後、道内公演もふくめ共演を重ね、正式就任は2025年4月となる。その前祝いともいうべき定期演奏会を聴いた。
覇気と華。グランディが札響に取り戻したのはこれである。メイン演目、マーラーの交響曲第1番で、もはや疑いはなかった。第1楽章のはじめこそ、オーケストラが慎重すぎたか、幾分チューンの合わない感があったが、春の爆発を経てからは上り調子。第2楽章スケルツォの、弦のよく弾むこと。みんな体ごと弾んでいる。コル・レーニョ奏法の弓も弾んでいる。トリオ部ワルツの、たおやかなこと。ハートフルな第1オーボエ(当夜の最大功労者)をはじめ、艶っぽいくらいだ。第3楽章。マーラーの欲したヨレ具合を巧みに弾き切ったコントラバス独奏に始まり、あのオーボエとトランペットの重奏で始まる演歌調シーンがとてもいい。グランディは、場末の酒場の流しみたいに、うんと遅く、思い入れたっぷりにやった。こうこなくっちゃ! これがあるからこそ、あとに来るトリオ部のはかなさが引き立つのだ。札響の奏でるそれは、粉雪の向こうに霞む春の幻影のようだった。
そして終楽章。グランディは、あえて拍の手前でタクトを打ち込むことも辞さず、オーケストラに多少の乱れを許しても、弛緩をいっさい認めない。副主題の憧れに満ちた表情。第1楽章冒頭が戻ってくるときの沈潜。マーラー音楽の本質たる叙事性を、彼はしっかり掴(つか)んでいる。
今後も、当面はマーラーに力を入れてゆくそうだ。マーラーだけで真の力量は測れないが、前座にあった小編成作品、ヒンデミットの「白鳥を焼く男」(ヴィオラ独奏:ニルス・メンケマイヤー)でも覇気は明らかだった。札響に、新時代が到来するであろう。
(舩木篤也)
※取材は11月30日(土)の公演
公演データ
札幌交響楽団 第665回定期演奏会
11月30日(土)17:00、12月 1日(日)13:00札幌コンサートホール Kitara
指揮:エリアス・グランディ(次期首席指揮者)
ヴィオラ:ニルス・メンケマイヤー
プログラム
ヒンデミット:白鳥を焼く男
マーラー:交響曲第1番「巨人」
ソリスト・アンコール
J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第1番より「サラバンド」
ふなき・あつや
1967年生まれ。広島大学、東京大学大学院、ブレーメン大学に学ぶ。19世紀ドイツを中心テーマに、「読売新聞」で演奏評、NHK-FMで音楽番組の解説を担当するほか、雑誌等でも執筆。東京藝術大学ほかではドイツ語講師を務める。共著に『魅惑のオペラ・ニーベルングの指環』(小学館)、共訳書に『アドルノ 音楽・メディア論』(平凡社)など。