趣向を凝らしたプログラムで充実の演奏を聴かせたルイージとN響
NHK交響楽団の12月定期公演はABC3プログラムすべてを首席指揮者ファビオ・ルイージが指揮する。その第1弾となるAプロ初日(11月30日、NHKホール)を聴いた。
1曲目はワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」の前奏曲と〝愛の死〟。ルイージは冒頭、有名なトリスタン和音を含む「憧れの動機」を繊細に扱うことで深遠な雰囲気を醸成し、聴く者を作品世界へと引き込んでいく。N響の響きはキメ細やかで美しい。〝愛の死〟の最終盤、イゾルデが「世界の命が息づく」と歌うところ(この日は歌はなし)では、旋律を深く掘り下げ、これを支えるブラスのハーモニーをタップリ鳴らすなどして、大きな高揚感を構築。N響は今年、東京・春・音楽祭においてマレク・ヤノフスキの指揮で「トリスタンとイゾルデ」を全曲演奏(演奏会形式)し好評を博したが、ルイージの指揮でも聴いてみたいと思わせてくれる好演であった。
続いてドイツ出身のソプラノ、クリスティアーネ・カルクをソリストにリヒャルト・シュトラウスの歌曲を5曲。カルクの柔らかい声質が穏やかな曲調にうまくマッチしており、郷古廉コンマスのソロも彼女の歌に見事な彩りを添えた。当夜の5曲のうち「森の喜び」「心安らかに」の2曲は19世紀末から20世紀初頭に活躍したドイツの詩人、リヒャルト・デーメルの詩に曲が付けられている。デーメルはシェーンベルクが「浄められた夜」を創作するにあたって大きな影響を与えたことでも有名。
後半はそのシェーンベルクの交響詩「ペレアスとメリザンド」。ドビュッシーがオペラ化したことでも知られるモーリス・メーテルリンクの戯曲を題材にしたオーケストラ作品。木管は4管、ホルン8、トランペット4、トロンボーン5、ティンパニ2組等の大編成を要し、調性崩壊寸前の複雑な和声が随所に登場する難曲である。(同作はシェーンベルクが12音技法を確立する前に作られた)ルイージは縦横に絡み合う動機を分かりやすく整理して物語性を強く意識した音楽作り。大音量となる場面でも響きを混濁させることなく、音楽を美しく進行させていく手腕は見事であった。
調性崩壊前夜の「トリスタン」と「ペレアス」、デーメルに触発されたシュトラウスとシェーンベルクのつながり、当夜のプログラムは実に凝ったものであった。
(宮嶋 極)
公演データ
NHK交響楽団 第2025回定期公演Aプログラム
11月30日(土)18:00、12月1日(日)14:00 NHKホール
指揮:ファビオ・ルイージ
ソプラノ:クリスティアーネ・カルク
管弦楽:NHK交響楽団
コンサートマスター:郷古 廉
プログラム
ワーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と〝愛の死〟
リヒャルト・シュトラウス:「ばらの花輪」Op.36-1
リヒャルト・シュトラウス:「なつかしいおもかげ」Op.48-1
リヒャルト・シュトラウス:「森の喜び」Op.49-1
リヒャルト・シュトラウス:「心安らかに」Op.39-4
リヒャルト・シュトラウス:「あすの朝」Op.27-4
シェーンベルク:交響詩「ペレアスとメリザンド」Op.5
みやじま・きわみ
放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。