東京二期会オペラ劇場 コンヴィチュニーの「影のない女」(ワールドプレミエ)

「読み替え演出」の旗手、コンヴィチュニーが描く演劇的で鮮烈なドラマ

鬼才演出家ペーター・コンヴィチュニーは既成概念を覆す「読み替え演出」の旗手。出し物が物議をかもすのは計算のうちで、ブーを浴びて議論を巻き起こすことが劇場の活性化につながると信じている。東京二期会が独ボン歌劇場と共同制作したR.シュトラウス「影のない女」は、その面目躍如。ドイツのムジークテアター流の先鋭な色合いが濃い異色作になった。しかも演劇性を強めるため、独自に場面を入れ替えて物語を改変し、音楽を約4分の1カットする大胆な作戦に出た。

霊界の皇帝の宮殿は地下駐車場に、皇帝はマフィア組織のボスとして描かれた 写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:寺司正彦
霊界の皇帝の宮殿は地下駐車場に、皇帝はマフィア組織のボスとして描かれた 写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:寺司正彦

原作の解体→再創造へ踏み込んだ演出には、初日の幕が開く前から SNSなどで異論が出た。それもあって、上演全体の整合性を監督するドラマトゥルクのベッティーナ・バルツと練り上げた「あらすじ」が、事前に東京二期会のサイトで公開される異例の事態となった。
皇帝(マフィア組織のボス)が皇后にした霊界の王の娘は、人間でないので影がない。人間から影を奪わないと、呪いで皇帝は石(コンクリート詰め)にされてしまう。この影は子供を産む能力を暗示している。

染色工場の情景を遺伝子操作研究所に置きかえた 写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:寺司正彦
染色工場の情景を遺伝子操作研究所に置きかえた 写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:寺司正彦

コンヴィチュニーは「生殖技術が発達した現代では女性蔑視になる」と問題提起し、オリジナルの3幕を6つの場による2部構成に再編。情景を地下駐車場や遺伝子操作研究所、心理療法の治療室などに置きかえた。「妻が夫に隷属することを賛美し美化する」終幕後半は外し、本来は第2幕最後にあたる男女が争う大混乱の場面で終わる。上演は実測で正味2時間ちょっとに圧縮された。

第1部のラスト、皇后が独断で幕を閉じる場面 写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:寺司正彦
第1部のラスト、皇后が独断で幕を閉じる場面 写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:寺司正彦

実際の舞台は、染物屋夫婦の口げんかが日本語に突然変わるなどユーモアに富み、刺激的なシーンや予想外の進展など、いかにも演劇的な展開。鮮烈なドラマ感覚は、いまだに健在だ。装置や小道具の作り込みも細かく、芝居としては面白い。いっぽう音楽面では、壮麗な3幕の結びや、複雑な管弦楽法を駆使した場面転換など、作品の肝が少なからず失われ、この作曲家らしい充足感や陶酔感が減じられた。

初日のキャストでは、皇后の冨平安希子と乳母の藤井麻美が、パワフルな歌唱と役作りで強い存在感を示した。随所で切り刻まれたスコアと格闘した指揮のアレホ・ペレスと東京交響楽団は敢闘賞もの。カーテンコールで演出家は、盛大なブーとブラボーを喜んで受けた。

第6場、高級レストランでの場面 写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:寺司正彦
第6場、高級レストランでの場面 写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:寺司正彦

もともと2022年2月にコロナ禍で流れた当公演は、クラウドファンディングで世界初演にこぎつけた。東京二期会とコンヴィチュニーの共作は「サロメ」「マクベス」などに続く6作目。

※取材は10月24日の公演
(深瀬満)

公演データ

東京二期会オペラ劇場 コンヴィチュニーの「影のない女」(ワールドプレミエ)
オペラ全3幕 日本語及び英語字幕付き言語(ドイツ語)上演

台本:フーゴ・フォン・ホフマンスタール
作曲:リヒャルト・シュトラウス

10月24 日(木)18:00、25日(金)14:00、26日(土)14:00、27日(日)14:00東京文化会館大ホール
指揮:アレホ・ペレス
演出:ペーター・コンヴィチュニー

10月24日、26日のキャスト ※( )内は25日、27日のキャスト
皇帝:伊藤達人(樋口達哉)
皇后:冨平安希子(渡邊仁美)
乳母:藤井麻美(橋爪ゆか)
伝令使:※全日出演 友清崇、宮城島康、髙田智士
若い男の声:高柳圭(下村将太)
鷹の声:宮地江奈(種谷典子)
バラク:大沼徹(河野鉄平)
バラクの妻:板波利加(田崎尚美)
バラクの兄弟:児玉和弘、岩田健志、水島正樹(岸浪愛学、的場正剛、狩野賢一)

合唱:二期会合唱団
管弦楽:東京交響楽団

※その他データの詳細は東京二期会のホームページをご参照ください。 
影のない女|東京二期会オペラ劇場 -東京二期会ホームページ- (nikikai.jp)

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深瀬 満

ふかせ・みちる

音楽ジャーナリスト。早大卒。一般紙の音楽担当記者を経て、広く書き手として活動。音楽界やアーティストの動向を追いかける。専門誌やウェブ・メディア、CDのライナーノート等に寄稿。ディスク評やオーディオ評論も手がける。

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