人間味あふれる幸福感に満ちた音楽――90歳のプラッソンにしかできないフランス音楽を堪能
フランス音楽界の巨匠ミシェル・プラッソンは、オペラ指揮者として東京二期会に2010年「ファウストの劫罰」、13年「ホフマン物語」、19年マスネの「エロディアード」で3度登場している。今90歳のマエストロにとって最後の来日コンサートは、オペラで共演を重ねてきた東京フィル、二期会合唱団と共に、ラヴェルの「マ・メール・ロワ」、「ダフニスとクロエ」、フォーレの「レクイエム」というフランス音楽の神髄を堪能する名演となった。
「マ・メール・ロワ」では、プラッソンの蝶が舞う様にしなやかに動く左手に誘われ、柔らかくクリアな響きの中、鳥の鳴き声や、中国風なタムタムもあざとくないのに効果的だ。「美女と野獣の対話」でのクラリネットとコントラファゴットの絡み合いから野獣の魔法が解ける瞬間、「妖精の園」の壮麗なクレッシェンドなど、どこをとっても一筆描きのように流麗で品格があり魅了される。
続く「ダフニスとクロエ」は男女20名ずつの合唱が加わり、ラヴェルの緻密な管弦楽と声の混ざり合いが絶妙でスケール感が増す。「無言劇」ではプラッソンの機敏な手捌きが光り、「全員の踊り」では激しいリズムと管弦楽の大きなうねりが共存、ここでも合唱が加わり熱狂的なラストを迎えた。
後半のフォーレの「レクイエム」は、チェロを指揮者の前面に広げて配置し、中低音やオルガンが合唱と溶け合う様に工夫されている。合唱に寄りそう弦楽器が感情の高まりを表現し、バリトンの小森が歌う「奉献唱」も天に語りかけるような歌唱が心に響く。「サンクトゥス」や「アニュス・デイ」も天国的な美しさだけでなく、ソプラノの大村が歌う「ピエ・イエズ」のように生命力を感じる明瞭な表現が新鮮だ。「リベラ・メ」のドラマティックな起伏を経て、終曲「天国にて」ではマエストロが頭の上で両手を握るようにして音楽が終わった。プラッソンの「レクイエム」、なんと人間味あふれる、そして幸福感に満ちた音楽だっただろう。
これだけのプログラムの後にアンコールとしてフォーレの「ラシーヌ讃歌」を演奏。ステージ上が一体となった音楽に拍手が止まず、空の舞台に再びマエストロが登場、聴衆の感謝の気持ちに応えていた。
この公演は15日(木)を残すだけ、90歳のプラッソンにしかできないフランス音楽を体験する正真正銘のラストチャンスとなるだろう。
(毬沙琳)
公演データ
ミシェル・プラッソン 日本ラストコンサート
8月13日(火)19:00東京オペラシティ コンサートホール
指揮:ミシェル・プラッソン
ソプラノ:大村博美
バリトン:小森輝彦
合唱:二期会合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
プログラム
ラヴェル:「マ・メール・ロワ」、「ダフニスとクロエ」より第2組曲
フォーレ:レクイエムOp.48
アンコール
フォーレ:ラシーヌ讃歌
まるしゃ・りん
大手メディア企業勤務の傍ら、音楽ジャーナリストとしてクラシック音楽やオペラ公演などの取材活動を行う。近年はドイツ・バイロイト音楽祭を頻繁に訪れるなどし、ワーグナーを中心とした海外オペラ上演の最先端を取材。在京のオーケストラ事情にも精通している。