都響のリゲティ 奇抜さも芸術へと昇華させた凄演……23年3月

指揮者の大野和士(中央)と声やヴァイオリンを用いて全身で表現したコパチンスカヤ (C)堀田力丸
指揮者の大野和士(中央)と声やヴァイオリンを用いて全身で表現したコパチンスカヤ (C)堀田力丸
「先月のピカイチ、来月のイチオシ」、当サイトのリニューアル後の第1弾は、3月のステージからピカイチを、5月に予定されている公演からイチオシを選者の皆さんに紹介していただきます。

先月のピカイチ

◆◆3月◆◆ 東条碩夫(音楽評論家)選

〈都響スペシャル(3/28)リゲティの秘密-生誕100年記念-〉

3月28日(火)サントリーホール

大野和士(指揮)/パトリツィア・コパチンスカヤ(ヴァイオリン)/栗友会合唱団
リゲティ(アブラハムセン編):「虹」/リゲティ:ヴァイオリン協奏曲/バルトーク:「中国の不思議な役人」全曲/リゲティ:マカーブルの秘密

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〈名古屋フィルハーモニー交響楽団 東京特別公演〉

3月29日(水)東京オペラシティ コンサートホール

小泉和裕(指揮)
ベートーヴェン:交響曲第1番、交響曲第3番「英雄」

コメント

~都響のリゲティ 怪演と風格の両立~​
リゲティの協奏曲や「マカーブルの秘密」では、コパチンスカヤが奇抜な衣装で登場し、弾きながら踊る、暴れる、走り回る、歌う、なにごとかをわめく、奏者や客席を挑発する。怪演ここに極まれりの感だが、それでいて音楽の容を全く崩していないというすご技だ。大野和士が都響をがっちりと固め、風格を最後まで保ったのも立派だった。一方、小泉和裕が名フィルとの最後の東京公演で聴かせた「英雄」は、驚異的な入魂の演奏で圧巻。

来月のイチオシ

◆◆5月◆◆ 東条碩夫(音楽評論家)選

〈東京交響楽団 R・シュトラウス「エレクトラ」演奏会形式〉

5月12日(金)ミューザ川崎シンフォニーホール/14日(日)サントリーホール

ジョナサン・ノット(指揮)/サー・トーマス・アレン(演出監修)/クリスティーン・ガーキー(エレクトラ)/シネイド・キャンベル=ウォレス(クリソテミス)/ハンナ・シュヴァルツ(クリテムネストラ)/フランク・ファン・アーケン(エギスト)他
R・シュトラウス:歌劇「エレクトラ」(演奏会形式)

注目のノット&東響によるR・シュトラウスのコンサート形式オペラ。第2弾は「仮面舞踏会」 (C)N.Ikegami/TSO
注目のノット&東響によるR・シュトラウスのコンサート形式オペラ。第2弾は「仮面舞踏会」 (C)N.Ikegami/TSO

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〈新国立劇場 ヴェルディ「リゴレット」新制作〉

5月18日(木)、21日(日)、25日(木)、28日(日)、31日(水)、6月3日(土)新国立劇場オペラパレス

マウリツィオ・ベニーニ(指揮)/エミリオ・サージ(演出)/新国立劇場合唱団/東京フィルハーモニー交響楽団/ロベルト・フロンターリ(リゴレット)/ハスミック・トロシャン(ジルダ)/イヴァン・アヨン・リヴァス(マントヴァ公爵)他
ヴェルディ:歌劇「リゴレット」

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~期待のオペラ公演2選~
ノット指揮東響の「エレクトラ」は、昨年の凄演「サロメ」の直後から期待されていたもの。しかもこちらは物語も音楽も「サロメ」よりさらにどぎつく、激烈である。身の毛のよだつような演奏になるか。大ベテランのハンナ・シュヴァルツが健在とはうれしい。一方、「リゴレット」は、サージによる新演出に大きな興味が湧く。主人公の「道化師」の表現も現代では多様になっているので、フロンターリの歌唱と演技にも注目しよう。

先月のピカイチ

◆◆3月◆◆ 柴田克彦(音楽ライター)選

〈東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団 第359回定期演奏会〉

3月18日(土)東京オペラシティ コンサートホール

高関健(指揮)/佐藤晴真(チェロ)
カバレフスキー:チェロ協奏曲第1番/ショスタコーヴィチ:交響曲第7番「レニングラード」

東京シティ・フィル定期より、カバレフスキーでソリストを務めた佐藤晴真(中央)と指揮者の高関健 (C)K.Miura
東京シティ・フィル定期より、カバレフスキーでソリストを務めた佐藤晴真(中央)と指揮者の高関健 (C)K.Miura

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〈東京春祭 リッカルド・ムーティ指揮 ヴェルディ「仮面舞踏会」〉

3月28日(火)東京文化会館大ホール

リッカルド・ムーティ(指揮)/東京春祭オーケストラ/アゼル・ザダ(リッカルド)/ジョイス・エル=コーリー(アメーリア)/セルバン・ヴァシレ(レナート)他
ヴェルディ:「仮面舞踏会」(演奏会形式)

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~絶好調のコンビと世界的巨匠が生み出すサウンドに感嘆~
2月に当欄で推した2本が結果的にも「ピカイチ」に。ただし「一番」には、高関&東京シティ・フィルを挙げたい。ロシアの戦禍を写した「レニングラード」を現況下で取り上げて、純音楽的なアプローチによる精緻な演奏を聴かせた点がまずは見事。こうした方向性でこそ明らかになる曲のすごみを実感させられた。東京春祭の「仮面舞踏会」は、主役2人の歌唱に不満が残るも、凄絶(せいぜつ)なオーケストラと巨匠が生み出す雄弁な音楽はやはり圧巻だった。

来月のイチオシ

◆◆5月◆◆ 柴田克彦(音楽ライター)選

〈東京交響楽団 R・シュトラウス「エレクトラ」演奏会形式〉

5月12日(金)ミューザ川崎シンフォニーホール/14日(日)サントリーホール

ジョナサン・ノット(指揮)/サー・トーマス・アレン(演出監修)/クリスティーン・ガーキー(エレクトラ)/シネイド・キャンベル=ウォレス(クリソテミス)/ハンナ・シュヴァルツ(クリテムネストラ)/フランク・ファン・アーケン(エギスト)他
R・シュトラウス:歌劇「エレクトラ」(演奏会形式)

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〈ヴァシリー・ペトレンコ指揮 ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団〉

5月26日(金)サントリーホール他

ヴァシリー・ペトレンコ(指揮)/辻󠄀井伸行(ピアノ)
チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番/ショスタコーヴィチ:交響曲第8番

コメント

~名匠が渾身で紡ぐ壮絶なドラマに期待~
ノット&東響の「エレクトラ」は、昨年の「サロメ」の凄演から当然の期待公演。「サロメ」以上の難物への挑戦とその成果が楽しみだし、上演機会の少ない本作を、音楽面に絞った演奏会形式で味わえる点においても見逃せない。ロイヤル・フィルは、父ロシア人、母ウクライナ人のペトレンコによるショスタコーヴィチの8番(「戦争交響曲」の1つ) の表現が興味津々。この曲を機能性の高い英国楽団の演奏で生体験できる点も買い。

先月のピカイチ

◆◆3月◆◆ 池田卓夫(音楽ジャーナリスト)選

〈フィリップ・ジャルスキー「オルフェーオの物語」〉

3月1日(水)東京オペラシティ コンサートホール

フィリップ・ジャルスキー(カウンターテナー)/エメーケ・バラート(ソプラノ)/アンサンブル・アルタセルセ
サルトーリオ:二重唱「愛しく心地よい鎖」/モンテヴェルディ:天界のバラ/ロッシ:愛しい人、あなたと共にする苦痛は/ロッシ:二重唱「なんと甘美なのでしょう」他

オルフェーオにまつわる音楽を紡いだジャルスキー(右)とバラート (C)大窪道治/提供:東京オペラシティ文化財団
オルフェーオにまつわる音楽を紡いだジャルスキー(右)とバラート (C)大窪道治/提供:東京オペラシティ文化財団

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〈九州交響楽団 第404回定期演奏会〉

3月15日(水)アクロス福岡シンフォニーホール

井上道義(指揮)
ショスタコーヴィチ:ロシアとキルギスの主題による序曲、ジャズ組曲第1番、交響曲第12番「1917年」

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~ジャルスキーが紡ぐ「オルフェーオ伝説」に陶酔~
「オルフェーオ伝説」のオペラの中で最も古い部類に属するイタリアのルネサンス〜初期バロック時代の3作をポプリ(接続曲)にまとめ、ジャルスキーの純度の高いカウンターテナー、バラートの輪郭鮮明なソプラノ、アンサンブル・アルタセルセの水際だったピリオド楽器アンサンブルが織りなす休憩なし80分の陶酔。素晴らしかった。井上はショスタコーヴィチ「交響曲第12番」の振り納めを九響との凄絶(せいぜつ)な演奏で飾った。

来月のイチオシ

◆◆5月◆◆ 池田卓夫(音楽ジャーナリスト)選

〈東京交響楽団 R・シュトラウス「エレクトラ」演奏会形式〉

5月14日(日)サントリーホール

ジョナサン・ノット(指揮)/サー・トーマス・アレン(演出監修)/クリスティーン・ガーキー(エレクトラ)/シネイド・キャンベル=ウォレス(クリソテミス)/ハンナ・シュヴァルツ(クリテムネストラ)/フランク・ファン・アーケン(エギスト)他
R・シュトラウス:歌劇「エレクトラ」(演奏会形式)

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〈新しい耳 第32回テッセラ音楽祭 大瀧拓哉ピアノ・ソロ「ジェフスキーの世界」〉

5月12日(金)サロン・テッセラ(三軒茶屋)

フレデリック・ジェフスキ:バラード第1~6番

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~「エレクトラ」驚異のキャスティングにも注目~
ノットと東響のR・シュトラウス歌劇演奏会形式上演、昨年の「サロメ」を聴き逃しただけに今回は外せない。METのブリュンヒルデ、クリスティーン・ガーキーの題名役に大ベテランのハンナ・シュヴァルツのクリテムネストラとか、信じられないキャスティングといえる。演出監修は引き続きトーマス・アレン。フレデリック・ジェフスキのピアノ曲を継続して取り上げてきた大瀧は今回、「バラード」全6曲を一挙に演奏する。

先月のピカイチ

◆◆3月◆◆ 毬沙琳(音楽ジャーナリスト)選

〈東京都交響楽団 第971回定期演奏会B リゲティの秘密-生誕100年記念-〉

3月27日(月)サントリーホール

大野和士(指揮)/パトリツィア・コパチンスカヤ(ヴァイオリン)/栗友会合唱団
リゲティ(アブラハムセン編):「虹」/リゲティ:ヴァイオリン協奏曲/バルトーク:「中国の不思議な役人」全曲/リゲティ:マカーブルの秘密

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〈東京春祭 リッカルド・ムーティ指揮 ヴェルディ「仮面舞踏会」〉

3月28日(火)東京文化会館大ホール

リッカルド・ムーティ(指揮)/東京春祭オーケストラ/アゼル・ザダ(リッカルド)/ジョイス・エル=コーリー(アメーリア)/セルバン・ヴァシレ(レナート)他
ヴェルディ:「仮面舞踏会」(演奏会形式)

コメント

~稀代の表現者コパチンスカヤと都響が圧巻のリゲティ~
コパチンスカヤという希代の表現者を得て、大野和士と都響が言葉にできないほどの刺激的かつ感銘をもたらしたリゲティの一夜は一生ものの体験だ。音楽に加え喜劇役者としてもピカイチの間の良さの彼女に、大野のタクト、オーケストラメンバーの名技性があってこその成功だろう。東京春祭のムーティは、ヴェルディの使徒として作品本来のあり方を若いオーケストラに伝え、歌詞のように聴こえる旋律、厳格な表現が見事だった。

来月のイチオシ

◆◆5月◆◆ 毬沙琳(音楽ジャーナリスト)選

〈新国立劇場 ヴェルディ「リゴレット」新制作〉

5月18日(木)、21日(日)、25日(木)、28日(日)、31日(水)、6月3日(土)新国立劇場オペラパレス

マウリツィオ・ベニーニ(指揮)/エミリオ・サージ(演出)/新国立劇場合唱団/東京フィルハーモニー交響楽団/ロベルト・フロンターリ(リゴレット)/ハスミック・トロシャン(ジルダ)/イヴァン・アヨン・リヴァス(マントヴァ公爵)他
ヴェルディ:歌劇「リゴレット」

新国立劇場で上演される「リゴレット」はビルバオ・オペラとリスボン・サン・カルロス歌劇場による共同制作=ビルバオ・オペラ公演より
新国立劇場で上演される「リゴレット」はビルバオ・オペラとリスボン・サン・カルロス歌劇場による共同制作=ビルバオ・オペラ公演より

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〈読売日本交響楽団 第628回定期演奏会〉

5月31日(水)サントリーホール

上岡敏之(指揮)/エリソ・ヴィルサラーゼ(ピアノ)
シベリウス:交響詩「エン・サガ」/シューマン:ピアノ協奏曲/ニールセン:交響曲第5番

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~10年ぶり待望の新制作、リゴレット~
新国立劇場が10年ぶりに新制作するリゴレットはスペインの演出家エミリオ・サージが演劇性と登場人物の孤独に焦点を当てたという。イタリアの名指揮者ベニーニ、題名役のフロンターリほか豪華歌手の饗宴にも注目だ。
昨年読響を6年半ぶりに指揮しチャイコフスキーの「悲愴」で驚くべきサウンドを引き出した上岡が名ピアニスト、ヴィルセラーゼと共演、ニールセンの交響曲もデンマークで活躍する指揮者らしい選曲で楽しみだ。

先月のピカイチ

◆◆3月◆◆ 宮嶋 極(音楽ジャーナリスト)

〈東京春祭 リッカルド・ムーティ指揮 ヴェルディ「仮面舞踏会」〉

3月18日(土)=解説会/28日(火)=本公演 東京文化会館大ホール

リッカルド・ムーティ(指揮)/東京春祭オーケストラ/アゼル・ザダ(リッカルド)/ジョイス・エル=コーリー(アメーリア)/セルバン・ヴァシレ(レナート)他
ヴェルディ:「仮面舞踏会」(演奏会形式)

首席指揮者就任直後の山田和樹がバーミンガム市響の6年ぶりツアーを率いる (C)Benjamin Ealovega
首席指揮者就任直後の山田和樹がバーミンガム市響の6年ぶりツアーを率いる (C)Benjamin Ealovega

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〈新日本フィルハーモニー交響楽団 第647回定期 サントリー・シリーズ〉

3月6日(月)サントリーホール

インゴ・メッツマッハー(指揮)/クリスティアン・テツラフ(ヴァイオリン)
ウェーベルン:パッサカリア/ベルク:ヴァイオリン協奏曲/シェーンベルク:交響詩「ペレアスとメリザンド」

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~ムーティの信念とコントロール力があらわに~
ピカイチは東京春祭で18日から約2週間開催されたムーティによるイタリア・オペラ・アカデミーの取り組み全体としたい。今年は「仮面舞踏会」を題材に指揮者の育成がテーマ。例年同様、ムーティのヴェルディへの深い愛情と信念が伝わってきたことに加えて、それを実際の音楽に投影していく彼のオケ・合唱に対するコントロール力のすごさに驚かされた。次点はメッツマッハー指揮、新日本フィルの新ウィーン楽派プロ。複雑な3曲をあそこまで美しく聴かせたことに心動かされた。もっとこのコンビの演奏を聴きたいと感じた。

来月のイチオシ

◆◆5月◆◆ 宮嶋 極(音楽ジャーナリスト)

〈東京交響楽団 R・シュトラウス「エレクトラ」演奏会形式〉

5月12日(金)ミューザ川崎シンフォニーホール/14日(日)サントリーホール

ジョナサン・ノット(指揮)/サー・トーマス・アレン(演出監修)/クリスティーン・ガーキー(エレクトラ)/シネイド・キャンベル=ウォレス(クリソテミス)/ハンナ・シュヴァルツ(クリテムネストラ)/フランク・ファン・アーケン(エギスト)他
R・シュトラウス:歌劇「エレクトラ」(演奏会形式)

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〈新国立劇場 R・シュトラウス「サロメ」再演〉

5月27日(土)、30日(火)、6月1日(木)、4日(日)新国立劇場オペラパレス

コンスタンティン・トリンクス(指揮)/アウグスト・エファーディング(原演出)/東京フィルハーモニー交響楽団/アレックス・ベンダ(サロメ)/イアン・ストーレイ(ヘロデ)/ジェニファー・ラーモア(ヘロディアス)/トマス・トマソン(ヨカナーン)/鈴木准(ナラボート)他
R・シュトラウス:歌劇「サロメ」

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~期待高まるR・シュトラウスのオペラ2選~
イチオシはノット&東響の「エレクトラ」。昨年の「サロメ」を筆者は聴けなかったが、各方面から高い評価を集めたのは周知のとおり。昨年末に聴いたこのコンビによる第9公演の完成度が目を見張るものであったこともあり、難度の高い「エレクトラ」もノットならではのシャープな感覚にあふれた名演が期待される。次点はR・シュトラウスつながりで新国の「サロメ」。こちらはエファーディングによるオーソドックスながらも美しい舞台。作品本来の魅力を体験できる公演といえる。

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