英国ロイヤル・オペラ 2024年日本公演 ジュゼッペ・ヴェルディ「リゴレット」

ヴェルディの意図を徹底的に引き出した本物の「リゴレット」

非常に精緻な「リゴレット」だった。精妙かつ雄弁な前奏曲からそれは予測でき、幕が開いてからは、聴覚と視覚が調和してドラマの深奥に運ばれる感覚を味わった。

 

演出については「ネタバレ」になるので書きすぎは避けるが、第1幕第1場の夜会の場面は、カラヴァッジョの絵のように明暗が強調され、壁面にはティツィアーノの官能的な「ウルビーノのヴィーナス」が、巨大な壁画として架かっている。華麗な夜会を催す宮廷に大きな暗部があり、官能的な挑発が好まれていることが伝わる。

第1幕第1場の夜会の場面。「ウルビーノのヴィーナス」の壁画が印象的 (C)Kiyonori Hasegawa
第1幕第1場の夜会の場面。「ウルビーノのヴィーナス」の壁画が印象的 (C)Kiyonori Hasegawa

的を射た装置のもと、管弦楽と歌手、合唱の均衡がとれている。舞台左奥のバンダの演奏と右の合唱とのバランスが絶妙で、そんな細部からも、いかに作り込まれた上演であるかが伝わる。


だが、本領は第1幕第2場から発揮された。エティエンヌ・デュピュイのリゴレットは、第1場では公爵に媚びる下劣さを存分に発揮したが、ネイディーン・シエラが歌うジルダとの二重唱では、見事に父親になる。


力強さと柔らかさが共存した声に品位があるデュピュイと、柔らかくて温かく、しかも芯がある声のシエラ。2人の二重唱は、聴き慣れた「リゴレット」にくらべて強弱もニュアンスも極端なほどつけられ、それでいて、優れたアーティスティックスイミングの選手たちのように、ピタリと息が合うのである。


帰宅後、批判校訂版の楽譜と照合したが、2人がつけていたニュアンスは、見事に楽譜どおりであった。しかも、指揮のアントニオ・パッパーノは、彼らの感情を克明に追うように管弦楽を制御し、気持ちが高ぶったところで絶妙にアッチェレッランドをかける。言い換えれば、ヴェルディの指示を適切に音にする力があるということで、それは終幕まで徹底し、なおかつ音楽は徹頭徹尾、緊密に流れた。


続くジルダと、ハビエル・カマレナが歌うマントヴァ公爵の二重唱も絶品だった。本調子ではなかったと思われるカマレナだが、しなやかな声を流麗に響かせる。この2人も息が合ったまま声を柔軟に変化させ、その結果、ジルダの恋の深さが伝わり、のちの自己犠牲への説得力につながった。カットされがちな2人の装飾的カデンツァも歌われた。

ジルダ(ネイディーン・シエラ)と、マントヴァ公爵(ハビエル・カマレナ)の二重唱は絶品 (C)Kiyonori Hasegawa
ジルダ(ネイディーン・シエラ)と、マントヴァ公爵(ハビエル・カマレナ)の二重唱は絶品 (C)Kiyonori Hasegawa

もう字数が尽きるが、ヴェルディの指示に忠実に歌える名歌手、それを支え、盛り立てる指揮者と管弦楽、音楽ドラマに寄り添う演出。それらが揃い、作り込まれていたから、「非常に精緻」という印象になった。カットも最小限で、私がこれまでに鑑賞した数々の「リゴレット」のなかでナンバーワンだった。
(香原斗志)

※取材は6月22日(土)の公演

公演データ

英国ロイヤル・オペラ 2024年日本公演
ジュゼッペ・ヴェルディ「リゴレット」

2024年6月22日(土)15:00、25日(火)13:00神奈川県民ホール、28日(金)18:30、30日(日)15:00 NHKホール

指揮:アントニオ・パッパーノ
演出:オリヴァー・ミアーズ
マントヴァ公爵:ハビエル・カマレナ
リゴレット:エティエンヌ・デュピュイ
ジルダ:ネイディーン・シエラ
合唱:ロイヤル・オペラ合唱団
管弦楽:ロイヤル・オペラハウス管弦楽団

その他の出演者等、データの詳細は公式ホームページをご参照ください。
「リゴレット」/英国ロイヤル・オペラ/2024/NBS公演一覧/NBS日本舞台芸術振興会

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香原斗志

かはら・とし

音楽評論家、オペラ評論家。オペラなど声楽作品を中心に、クラシック音楽全般について執筆。歌唱の正確な分析に定評がある。著書に「イタリア・オペラを疑え!」「魅惑のオペラ歌手50:歌声のカタログ」(共にアルテスパブリッシング)など。「モーストリークラシック」誌に「知れば知るほどオペラの世界」を連載中。歴史評論家の顔も持ち、新刊に「教養としての日本の城」(平凡社新書)がある。

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