夜のキャンプ場は魔法に満ちている
森の木々の梢や野を渡るそよ風、小川や湖、夜のキャンプファイヤー。そんなところで夜を過ごせば、どれほど知的でクールな人でも、ロマンティックな気分になって、恋の一つや二つが生まれても不思議じゃない。ましてやそれが心身ともに健康な若い男女であればなおさらだ。
ミキエレット演出の「コジ・ファン・トゥッテ」の舞台はそんな現代のキャンプ場。通称「キャンピング・コジ」で知られるプロダクションは、13年前に新国立劇場で公演されて話題になったものだが、確かに面白い。
ドン・アルフォンソの経営する(?)キャンプ場にキャンピングカーでやってきた育ちの良い二組のカップルが、ドン・アルフォンソの策略で恋人交換劇を繰り広げる。偽りの出征で恋人たちが別れを告げる場面(第1幕の白眉ともいえる美しい音楽だ)では周囲の動きを止めて登場人物の内面を印象深く浮き上がらせる。ライダーに扮して戻って来た青年たちがキャンピングカーの前にテントを張って別の相手にアタック。車のなかや屋根の上で自らの「貞節」を防御する姉妹たち。第2幕は夜、焚火や森の中でのシーンがモーツァルトの音楽とダ・ポンテの台本にとてもよく合っている。それが繊細な演出と相俟って、登場人物の心の動きにある種の真実味が与えられ、共感すら覚える。
バーで働くデスピーナは才気渙発、ドン・アルフォンソはやや声が弱く、デモーニッシュな愛の破壊者というよりは、人生にくたびれたどこにでもいそうな老人。青年たちは力強い声で輝くばかりの若さを表現、姉妹も同様で歌唱、演技ともに高水準。ソリストのアンサンブルも合唱も非常によく纏まっている。オーケストラは第1幕前半に粗さが目立ったものの第2幕以後徐々に解消、公演の回数を追うごとに良くなるだろう。
かつてアーノンクールはこのオペラを「感情の廃墟」といった。確かにそうだろう。でもこの公演を見て感じるのは、決して背筋の凍るような冷たいニヒリズムではない。夜のキャンプ場の魔力に捕らえられ、恋の官能と良心の葛藤にもがき苦しむ生身の若者たちの心の叫びだ。そしていつしか、そんな彼ら一人一人が愛おしく思えてくる。
(那須田 務)
※取材は5月30日(木)の公演
公演データ
新国立劇場2023/2024シーズンオペラ
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト「コジ・ファン・トゥッテ」
全2幕(イタリア語上演/日本語及び英語字幕付)
2024年5月30日(木)18:30、6月1日(土)、2日(日)、4日(火)14:00 新国立劇場 オペラパレス
指揮:飯森範親
演出:ダミアーノ・ミキエレット
フィオルディリージ:セレーナ・ガンベローニ
ドラベッラ:ダニエラ・ピーニ
デスピーナ:九嶋香奈枝
フェルランド:ホエル・プリエト
グリエルモ:大西宇宙
ドン・アルフォンソ:フィリッポ・モラーチェ
合唱:新国立劇場合唱団
合唱指揮:水戸博之
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
その他の出演者等、データの詳細は新国立劇場ホームページをご参照ください。
コジ・ファン・トゥッテ | 新国立劇場 オペラ (jac.go.jp)
なすだ・つとむ
音楽評論家。ドイツ・ケルン大学修士(M.A.)。89年から執筆活動を始める。現在『音楽の友』の演奏会批評を担当。ジャンルは古楽を始めとしてクラシック全般。近著に「古楽夜話」(音楽之友社)、「教会暦で楽しむバッハの教会カンタータ」(春秋社)等。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。