新国立劇場2023/2024シーズンオペラ
ジュゼッペ・ヴェルディ「椿姫」

名匠ランツィッロッタが悲劇に魂を注いだ

第1幕の冒頭から、フランチェスコ・ランツィッロッタが指揮する東京フィルは快活で、音楽は緊密に構成され、躍動しながら流れた。勢いよくアッチェッレランドをかけたりはせず、しかし、絶妙に緩急をつけてドラマを織りなす。導かれていればまちがいない、と思わされた。

ジュゼッペ・ヴェルディ「椿姫」 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
ジュゼッペ・ヴェルディ「椿姫」 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場

アルフレードを歌うリッカルド・デッラ・シュッカは、まだ完成されていないながらも、イタリアのテノールならではの流麗なフレージングを聴かせる。ヴィオレッタへの愛を語って「苦しみと同時によろこびだ」と歌うとき、声が無理なく豊かに広がるのが心地よい。一方、ヴィオレッタ役の中村恵理は、このところ声が強さを増しており、第1幕の最後のアリアでは、華麗な装飾に多少のぎこちなさも生じた。

 

しかし、中村の強みは第2幕以降にあった。ジェルモンとの二重唱では、声はしっかりと支えられ、次第に追い詰められていく心情の変化が、精緻な歌唱をとおして表現された。ジェルモンを歌うベネズエラ生まれのグスターボ・カスティーリョは、声に勢いがあり、表現にはけれんみがないので、重唱の品位がたもたれる。

中村は次第に追い詰められていくヴィオレッタの心情の変化を、精緻な歌唱をとおして表現した 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
中村は次第に追い詰められていくヴィオレッタの心情の変化を、精緻な歌唱をとおして表現した 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場

その間もランツィッロッタが導く管弦楽は活気づき、ズンチャッチャ揶揄されもするヴェルディのオーケストレーションが、心の鼓動といかに一体であるかが伝えられる。たとえば第2幕第2場。アルフレードがポーカーの勝ち金をヴィオレッタに投げつけるまでは、テンポよく推し進められた音楽が、ヴォオレッタが倒れてからは、どれほどやわらかく奏でられたことか。こうした対比をとおして、ヴェルディが音楽にこめたドラマの深さが伝えられる。

第2幕第2場ではストーリーの移り変わりとともに音楽が変化し、改めてヴェルディが音楽にこめたドラマの深さを感じさせた 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
第2幕第2場ではストーリーの移り変わりとともに音楽が変化し、改めてヴェルディが音楽にこめたドラマの深さを感じさせた 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場

悲劇の色が濃さを増すなか、中村の白眉は、第3幕のアリア「さようなら過ぎ去った日々よ」にあった。悲壮な音色を響かせる管弦楽にからませて、耐えきれないほどの苦衷を、しっかりと支えられた歌唱に深くにじませた。

 

そこからは終幕まで一気呵成に進んだ感がある。二重唱「パリを離れて」も比較的テンポよく、2人の心の昂揚が伝えられたが、ヴィオレッタが自分の絵姿をアルフレードに渡す場面では、速度が落とされ悲劇が強調される。ドラマに即して緩急がつけられた音楽は生々しく息づき、そこに歌手たちが一体化した。

(香原斗志)

公演データ

新国立劇場2023/2024シーズン
ジュゼッペ・ヴェルディ「椿姫」
全3幕(イタリア語上演/日本語及び英語字幕付)

2024年5月16日(木)19:00、19日(日)14:00、22日(水)14:00、25日(土)14:00、29日(水)14:00 新国立劇場オペラパレス

指 揮:フランチェスコ・ランツィッロッタ
ヴィオレッタ:中村恵理
アルフレード:リッカルド・デッラ・シュッカ
ジェルモン:グスターボ・カスティーリョ
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

その他の出演者等、データの詳細は新国立劇場ホームページをご参照ください。
椿姫 | 新国立劇場 オペラ (jac.go.jp)

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香原斗志

かはら・とし

音楽評論家、オペラ評論家。オペラなど声楽作品を中心に、クラシック音楽全般について執筆。歌唱の正確な分析に定評がある。著書に「イタリア・オペラを疑え!」「魅惑のオペラ歌手50:歌声のカタログ」(共にアルテスパブリッシング)など。「モーストリークラシック」誌に「知れば知るほどオペラの世界」を連載中。歴史評論家の顔も持ち、新刊に「教養としての日本の城」(平凡社新書)がある。

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