オーケストラと合唱を重厚に鳴らすインバルの音楽作りに見事なアンサンブルで応えた都響
東京都交響楽団の定期演奏会に桂冠指揮者エリアフ・インバルが登壇。ショスタコーヴィチの交響曲第9番とバーンスタインの交響曲第3番「カディッシュ」を取り上げた。ちょうどこの2月16日でインバルは88歳になった。彼の生き生きとした指揮姿は年齢を感じさせない。
ショスタコーヴィチの交響曲第9番は、短めでディヴェルティメント風ゆえに小振(ぶ)りな作品というイメージがあるが、インバルは16型(16,14,12,10,8)の弦楽器を十分に鳴らしたシンフォニックな演奏を繰り広げる。しかも、音自体は引き締まっている。第1楽章からオーケストラの音が立っている。都響が鮮やかなアンサンブルを披露。速めの第3楽章も整然と奏でる。第4楽章ではファゴットのソロが見事。第5楽章も遊び心よりも構築性が感じられた。
演奏会後半は、バーンスタインの交響曲第3番「カディッシュ」。「カディッシュ」とは、「聖化」を意味する、ユダヤ教の祈りの言葉である。この交響曲では、バーンスタイン自身によるテキストが語られ、ユダヤ教徒である彼の神に対する愛憎入り混(ま)じった複雑な感情が示される。バーンスタインは、人間の危機的な状況に対して何もしてくれない神に対して、懐疑を抱き、怒りに近い気持ちをぶつける。しかし、最終的には神と和解し、共にあることを呼びかける。
インバルは、オーケストラと合唱を重厚に鳴らし、メリハリをきかせて作品を描く。カディッシュ2でのオーケストラの抒情(じょじょう)的な美しさやフィナーレ序盤での弦楽器の最弱音表現が印象に残る。インバルの解釈であったのかもしれないが、語りのジェイ・レディモアには、もう少し心の底からの叫びを聞きたいところ(「Believe!」や「Recreate each other!」)もあった。ソプラノ独唱の冨平安希子が作品にふさわしい優美な歌声。新国立合唱団(合唱指揮:冨平恭平)と東京少年少女合唱隊(合唱指揮:長谷川久恵)も素晴らしい。
インバルの統率による作品の見事な再現。独唱者、合唱を交えた大編成による交響曲はマーラーを想起させるが、バーンスタインがマーラーのようには書かなかった(書けなかった)のは、神への懐疑ゆえなのかと考えさせられた。
(山田 治生)
公演データ
東京都交響楽団第994回定期演奏会Bシリーズ
2月16日(金)19:00 サントリーホール
指揮:エリアフ・インバル
語り:ジェイ・レディモア
ソプラノ:冨平安希子
合唱:新国立劇場合唱団
児童合唱:東京少年少女合唱隊
プログラム
ショスタコーヴィチ:交響曲第9番変ホ長調Op.70
バーンスタイン:交響曲第3番「カディッシュ」(1960)
やまだ・はるお
音楽評論家。1964年、京都市生まれ。87年、慶応義塾大学経済学部卒業。90年から音楽に関する執筆を行っている。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人」「トスカニーニ」「いまどきのクラシック音楽の愉しみ方」、編著書に「オペラガイド130選」「戦後のオペラ」「バロック・オペラ」などがある。