読売日本交響楽団第634回定期演奏会

作曲家を熟知したヴァイグレと若き才能ロザコヴィッチによる至高の音楽

「リエンツィ」冒頭、首席トランペット辻本憲一がDDR(旧東ドイツ)時代のシュターツカペレ・ベルリンを彷彿とさせるダークな音色を奏で、弦の渋い響きが続いた。ワーグナーを熟知するオペラ指揮者のヴァイグレは大詰めの加速を除いてインテンポを保ち、ケバケバしく奏でられることが多い作品を格調高く再現した。

1713年製のストラディヴァリウスex-Sancyから美しく透明な音を引き出したロザコヴィッチ©読売日本交響楽団 撮影=藤本崇
1713年製のストラディヴァリウスex-Sancyから美しく透明な音を引き出したロザコヴィッチ©読売日本交響楽団 撮影=藤本崇

2017年のパシフィック・ミュージック・フェスティバル札幌(PMF)でゲルギエフ指揮のブルッフ(第1番)、2018年のオロスコ・エストラーダ指揮フランクフルト放送交響楽団日本ツアーのメンデルスゾーンと2年続きの協奏曲演奏で早熟の才を強く印象づけたロザコヴィッチ。6年ぶり、22歳の来日ではベートーヴェンの大作に挑んだ。ごく最近、モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン財団から貸与された1713年製のストラディヴァリウス「ex-Sancy(エクス・サンシー)」は1908〜1911年にヤン・クーベリック、1956〜2020年にはイヴリー・ギトリスが所有していた。ロザコヴィッチはその名器から並外れて美しく透明な音を引き出し、超絶の弱音の繊細さと切れのいい技巧の対照を描く。「良く聴こえる音」が必ずしも「大きな音」ではない真実を見事に立証した。どこまでもストイックに楽曲の内面に身を沈め、12型(第1ヴァイオリン12人)に編成を絞ったオーケストラともしばしば、天上の鳥のさえずりを思わせる微細な会話を交わす。カデンツァはクライスラー。アンコールのバッハの美しさにも、息をのんだ。

作曲家を熟知し、立派に独自の音楽を主張したヴァイグレと読響©読売日本交響楽団 撮影=藤本崇
作曲家を熟知し、立派に独自の音楽を主張したヴァイグレと読響©読売日本交響楽団 撮影=藤本崇

R.シュトラウス独自の語法を完全に手中へと収めた演奏

「ツァラトゥストラ」は同じホールで2カ月前、ソヒエフ指揮ウィーン・フィルが演奏したばかり。ヴァイグレと読響の置かれた立場は楽ではなかったはずだが、極めて立派に独自の音楽を主張した。ウィーンがオーストリアを代表する白ワイン、グリューナー・ヴェルトリーナーなら、読響は辛口純米吟醸の日本酒という違いか? フランクフルト歌劇場の音楽総監督時代にシュトラウスの主要オペラだけでなく、主要管弦楽曲すべてを手がけたヴァイグレは作曲家独自の語法を完全に手中へと収め、早めのテンポで明確に楽想を描き分ける。林のクールなソロとも美意識を共有していた。晦渋(かいじゅう)かつ形而上的な響きの箇所のみが依然、ヨーロッパの名門には一歩及ばないように思えた。

池田卓夫

公演データ

読売日本交響楽団 第634回定期演奏会

2024年1月16日(火)19:00サントリーホール

指揮:セバスティアン・ヴァイグレ
ヴァイオリン:ダニエル・ロザコヴィッチ
コンサートマスター:林悠介

プログラム
ワーグナー:歌劇「リエンツィ」序曲
ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op.61
R.シュトラウス:交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」Op.30

ソリスト・アンコール
J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第1番 第1楽章

池田 卓夫
池田 卓夫

いけだ・たくお

2018年10月、37年6カ月の新聞社勤務を終え「いけたく本舗」の登録商標でフリーランスの音楽ジャーナリストに。1986年の「音楽の友」誌を皮切りに寄稿、解説執筆&MCなどを手がけ、近年はプロデュース、コンクール審査も行っている。

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