<第51回> モニカ・コネサ(ソプラノ)

5月にドミンゴのゲストとして来日、リサイタルに出演したモニカ・コネサ
5月にドミンゴのゲストとして来日、リサイタルに出演したモニカ・コネサ

26歳でヴェローナ野外劇場の主役に
マリア・カラスを彷彿とさせる大器

多くの歌手にとって、声が成熟するまで手を出せない役がある。たとえば、「アイーダ」の表題役は、リリックなソプラノが若いときに歌っても、聴き手に声を十分に届けられないどころか、声帯を痛めてしまう危険性もある。一方、まだ20代ながら、アイーダ役で客席を大いに沸かせるソプラノもいる。キューバ系アメリカ人のモニカ・コネサである。

 

むろん、アイーダ役を歌えるかどうかでソプラノの優劣が決まるわけではない。どんなに声が成熟しようと、アイーダのような役には手を出さないほうがいいタイプもいれば、ドラマティックな声の持ち主なら、キャリアの初期から自然に歌える場合もある。ただ、多くの場合、若い歌手にとって荷が重い役である。

 

そんな役を2022年、26歳にしてマルコ・アルミリアート指揮のもと、巨大なヴェローナ野外劇場で歌い、喝采を浴びたコネサはただ者ではない。

 

私はそれを直接聴いてはいない。ただ、ヴェローナの上演史上、最年少で表題役をまかされた、とんでもないソプラノが現れたと聞き、YouTube等で聴いて驚いた。劇的な場面を支える十分な声があり、それが無理なく自然に発声されている。また、フレージングがしっかりして、適切にニュアンスが加えられている。深みには欠けるところもあるが、年齢を考えれば当然だろう。

 

しかも、少し暗くて苦みがある声はマリア・カラスの若いころを彷彿とさせる。その情念がこもったような響きは、強い感情を表現する際の大きな武器になる。また、2023年夏にはラヴェンナ音楽祭などに登場し、リッカルド・ムーティの指揮で(カラスが得意とした)「ノルマ」の〝清らかな女神〟を歌ったが、ムーティもコネサの声にカラスを感じたということだろうか。

 

録音を聞くかぎり、精密な歌唱だったとまではいわないが、長い旋律を、ニュアンスを込めながら表情豊かに歌う力は存分にあり、アジリタやピアニッシモの技術にも不足はない。このベルカント・オペラの難曲をこれほどの水準で歌えるのは、若いコネサのテクニックがほんものである証しである。

ドミンゴを相手に驚異の歌唱

中部イタリアのヴィテルボのファウスト・リッチ国際コンクール、同スルモーナのマリア・カリーニア国際コンクールで優勝し、キャリアを歩みはじめたのは2021年のこと。前者では審査員長のホセ・カレーラスに激賞されたそうだが、それにしても、頭角を現すのがきわめて急激だ。

 

そんなコネサをいち早く日本で聴くチャンスが訪れた。2024年5月、「プラシド・ドミンゴ プレミアムコンサート」で、ドミンゴのゲストとして歌ったのである。「トスカ」の〝歌に生き、愛に生き〟や「蝶々夫人」の〝ある晴れた日に〟で響かせた声は、やはりカラスを思わせた。声が似ているだけではない。強く音圧がかかった声でフレーズが満たされ、そこに細やかにニュアンスが加わり、細やかに歌われているのに、十分に劇的なのである。持ち前の特別な声を、28歳にしてこれだけ活かせるのは驚異であった。

 

また、ドミンゴと歌った「イル・トロヴァトーレ」の二重唱では、ヴェルディの凛とした旋律を格調高く歌えることを示し、後半のサルスエラでは、表現力に高いフレキシビリティがあることを伝えていた。

 

もちろん、完成されているとはいわない。コントロールが行き届かないところがあり、響きに多少のムラもある。表現力も聴き手の魂を揺さぶる域には達していない。だが、それが若さであり、20代の歌手の魅力でもある。今後の成長がすこぶる楽しみであるとともに、次はオペラでの来日を望みたい。

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香原斗志

かはら・とし

音楽評論家、オペラ評論家。オペラなど声楽作品を中心に、クラシック音楽全般について執筆。歌唱の正確な分析に定評がある。著書に「イタリア・オペラを疑え!」「魅惑のオペラ歌手50:歌声のカタログ」(共にアルテスパブリッシング)など。「モーストリークラシック」誌に「知れば知るほどオペラの世界」を連載中。歴史評論家の顔も持ち、新刊に「教養としての日本の城」(平凡社新書)がある。

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