内外のヴァイオリンの名手たちが、興味深い新譜を出してきた。ピリオド奏法・楽器を用いた新境地から、ベテランならではの深い味わいまで、個性豊かな作品ばかりだ。
<BEST1>
モーツァルト ヴァイオリン・ソナタ第25、34、40番
庄司紗矢香(ヴァイオリン)/ジャンルカ・カシオーリ(フォルテピアノ)

<BEST2>
ベートーヴェン ヴァイオリン・ソナタ全集
前橋汀子(ヴァイオリン)/ヴァハン・マルディロシアン(ピアノ)

<BEST3>
シベリウス&バーバー ヴァイオリン協奏曲集
ルノー・カピュソン(ヴァイオリン)/ダニエル・ハーディング(指揮)/スイス・ロマンド管弦楽団

庄司紗矢香とジャンルカ・カシオーリによるモーツァルトのソナタ集の続編が、レーベルを変えて登場した。ガット弦に張り替えたヴァイオリンとフォルテピアノによる演奏は、ドイツ・グラモフォンから出た1枚目や、その後の実演で大きな話題を呼んだ。
発売に際して、庄司自身がコメントを出している。コロナ禍のさなかに読破した歴史書などから確信を得て、大胆な挑戦に至ったという。「演奏とは常に新たな創造で、一つ一つの解釈のチョイスと自分に対して誠実であり、その責任を取ること。生のガット弦の使用は、響きの美しさ故にパンデミック中に夢中になって練習したのが主な理由。私はピリオド楽器で演奏することが最も重要とは思っていません」との宣言は重い。
「モーツァルトのドラマ、繊細な感情とユーモア、血の通った音楽を伝えたい一心で、全集録音に取り組んでいます。私たちのワクワクを皆さまにお届けできれば何より嬉しい」という必聴の1枚だ。
演奏家活動60周年を2022年に迎えた前橋汀子は、翌23年から24年にかけて、ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全集の録音に臨んだ。ピアノは近年の共演で信頼を深めてきたアルメニア出身のヴィハン・マルディロシアン。スケールが大きい往年の巨匠風のスタイルを貫き、風格ゆたかで濃厚な味わいを示す。傘寿を迎えての意欲あふれる取り組みは驚異的で、長年のキャリアを結集した記念碑的なアルバムになった。
フランコ・ベルギー派の艶やかな奏風を受け継ぐルノー・カピュソンは、もはや大家の様相を示している。シベリウスとバーバー、近現代の傑作を並べた本作でも、水がしたたるような美音を駆使して、独自の世界を築いた。盟友ダニエル・ハーディングが珍しくスイス・ロマンド管と組んだバックも細やかなニュアンスに富み、軽やかな足取りで支える。

ふかせ・みちる
音楽ジャーナリスト。早大卒。一般紙の音楽担当記者を経て、広く書き手として活動。音楽界やアーティストの動向を追いかける。専門誌やウェブ・メディア、CDのライナーノート等に寄稿。ディスク評やオーディオ評論も手がける。