音楽の父、ヨハン・セバスチャン・バッハの名品は、いつの時代も演奏家の挑戦意欲を刺激してやまない。気鋭からトップ級まで、実力派の新譜が集まった。
<BEST1>
J・S・バッハ 無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ&パルティータ全曲
山根一仁(ヴァイオリン)
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<BEST2>
J・S・バッハ 無伴奏チョロ組曲第1~6番(2023年 再録音)
ジャン=ギアン・ケラス(チェロ)
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<BEST3>
J・S・バッハ 前奏曲集、インヴェンションとシンフォニア
マハン・エスファハニ(ハープシコード、クラヴィコード)
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若手ヴァイオリニストのホープのひとり、山根一仁は、ここに来て急激な成長を遂げたようだ。今回の新録音でも、巨大な峰々を前に、余分な肩の力を抜いて若々しい感性を発露し、真摯なバッハ像を打ち立てた。古楽にも詳しい名伯楽、クリストフ・ポッペン譲りの厳格な様式感を守りつつ、そこから一歩、自由になることで一皮むけて、バッハの深遠な森へ分け入る喜びにあふれている。
ヴィブラートを抑えたストレートな音と響きで作品の舞曲性をのびのびと引き出し、アーティキュレーションに迷いや無理がない。楽器の音色には落ち着いた滋味があり、それらが聴き手にみずみずしい興趣を呼び起こす。音響の良い会場として知られる中新田バッハホールで、楽器の生々しい質感と演奏空間へのスムーズな広がりを、バランスよく両立させた録音も秀逸だ。
カナダのチェリスト、ジャン=ギアン・ケラスによるバッハの無伴奏チェロ組曲は、2007年の録音が現代の定番として高く評価されてきた。そんな彼が17年ぶりの再録音に踏み切った。大きな契機が、振付家アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケルの率いるダンスカンパニー「Rosas(ローザス)」との共演だった。本作にもコラボのブルーレイディスクが付く。一段と自在さを増し、優れた技巧と様式感に裏づけられた軽やかな足取りに圧倒される。
バロック期の鍵盤楽器演奏で急速に名を上げたマハン・エスファハニは、才気走った解釈で注目を高める。2声のインヴェンションと3声のシンフォニアを中心に、小さい前奏曲などを集めた本作では、曲によってハープシコードとクラヴィコードを弾き分けた。小品の一つひとつにきら星のような生命力を灯し、その魅力を引き出していく。
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ふかせ・みちる
音楽ジャーナリスト。早大卒。一般紙の音楽担当記者を経て、広く書き手として活動。音楽界やアーティストの動向を追いかける。専門誌やウェブ・メディア、CDのライナーノート等に寄稿。ディスク評やオーディオ評論も手がける。