今春の在京オーケストラの公演から(上)~新日本フィル

4月より新日本フィル音楽監督に就任した佐渡豊 (C)堀田力丸
4月より新日本フィル音楽監督に就任した佐渡豊 (C)堀田力丸

この春開催された在京オーケストラの公演をいくつかピックアップして振り返る。初回は新日本フィルハーモニー交響楽団の3つの公演について報告する。(宮嶋 極)

 

創立50周年の節目となった新日本フィルは3月から4月にかけてインゴ・メッツマッハー(2013~15年、コンダクター イン レジデンス)、上岡敏之(2016~21年、音楽監督)、佐渡裕(2023年4月~音楽監督)と関係の深い指揮者が相次いで登場し、それぞれの個性を発揮した高水準の演奏を披露して聴衆を沸かせた。

 

メッツマッハーは3月6日、サントリーホールでの公演を取材した。ウェーベルン、ベルク、シェーンベルクのオール新ウィーン楽派という玄人好みの演目ながら終演後、オケが退場しても拍手が鳴りやまないほどの盛り上がりを見せた充実した演奏であった。ベルクのヴァイオリン協奏曲のソリストはクリスティアン・テツラフ。オケが全開になっても力強く響きわたる芳醇なサウンドを駆使して、なまめかしいまでに妖艶なソロを繰り広げた。オケも指揮者に導かれて柔軟にソロに寄り添い、テツラフとの間で濃密な対話を成立させて、聴く者を作品世界に強く引き寄せる秀演となった。シェーンベルクの交響詩「ペレアスとメリザンド」はひとつひとつのサウンドを彫琢した美しい演奏。調性が不明瞭な新ウィーン楽派の作品がこれほどまでに美しく聴こえたことは、海外の名門オケの演奏も含め、なかなか体験できないものであった。

新日本フィルでのポスト在任中の最終公演から8年を経て、再び同フィルの指揮台に立ったメッツマッハー。ソリストにテツラフを招いて (C)Tomoko Hidaki
新日本フィルでのポスト在任中の最終公演から8年を経て、再び同フィルの指揮台に立ったメッツマッハー。ソリストにテツラフを招いて (C)Tomoko Hidaki

前音楽監督・上岡敏之との共演は創立50周年記念演奏会として3月25日にすみだトリフォニーホールで行われた。プログラムはブルックナーの交響曲第8番(ハース版)。こちらもオケ退場後も喝采が鳴りやまず、上岡がステージに呼び戻されるほど聴衆の心に響く演奏となった。

 

指揮者の意図が細部にまで浸透していることが聴き手にも伝わってくる密度の濃い演奏で、約80分の大曲がアッという間に終わってしまったと感じたくらいの高い集中力が全曲にわたって維持されていた。弦楽器と木管楽器による響きの上に金管のサウンドを重ねていくバランス重視の音作りは上岡の意図を感じさせるもの。金管の開放的な咆哮(ほうこう)は皆無で、計算し尽くされたハーモニーの構築が徹底されていた。ブラスのコラールを支える弦楽器の弱音のトレモロが、音程の移行によって全体の響きのニュアンスを微妙に変えていくのも見事であった。楽節と楽節のつなぎ目ではテンポを落として丁寧に次の旋律へ移行させていくなどして、大曲にふさわしい安定感も際立っていた。

 

上岡が音楽監督に就任した後の2017年に同オケとブルックナーの交響曲第3番を演奏したが、金管の音量が明らかに抑えられていたことに違和感を覚えた。しかし、この日の第8番を聴いて上岡が目指していた到達点が何だったのかが明らかになり、第3番の演奏はここにたどり着くための入り口だったのか、と納得させられた。

ブルックナーの交響曲第8番は、上岡たっての希望で2021年に募ったリクエストに基づいている (C)寺司正彦
ブルックナーの交響曲第8番は、上岡たっての希望で2021年に募ったリクエストに基づいている (C)寺司正彦

佐渡裕の音楽監督就任披露となる4月の演奏会は8日にすみだトリフォニーホール、10日、サントリーホールで開催された。プログラムは両日ともにラフマニノフのピアノ協奏曲第2番とリヒャルト・シュトラウスのアルプス交響曲。取材したのは10日の公演。佐渡とラフマニノフのソリスト、辻井伸行の人気も相まって満席の盛況ぶり。佐渡へのファンの期待の高さがうかがえた。

 

佐渡といえば大汗をかいて熱演する印象が強かったが、久しぶりに見た彼の指揮姿は随分と変貌していた。落ち着いた様子で全体を俯瞰(ふかん)し、大編成を要するアルプス交響曲の複雑に絡み合う声部をキッチリ整理して、分かりやすく聴かせくれた。辻井との共演でも変化に富んだピアノを的確にフォローしながら、全体の盛り上がりを構築していく手堅い手腕はなかなかのものであった。

 

佐渡は3月にステージから転落し、左腕を負傷したことからその影響で身振りが小さくなったのか、と最初は考えていた。しかし、演奏会が進むにつれてどうやらけがのせいではなく、佐渡自身の指揮者としてのスタンスそのものが変化していることに気付いた。その背景には、彼が2015年にウィーンのトーンキュンストラー管弦楽団の音楽監督に就任したことがあるのは間違いないだろう。音楽をいたずらにあおり立てることなく、正攻法のアプローチで仕上げていく。当夜はそうした成果が実際の音楽に反映されていた。音楽の都の伝統あるオケとの共同作業で佐渡は変貌し、成長していたのであろう。新日本フィルとはウィーンで活躍した作曲家の作品を幅広く取り上げていく方針だという。楽しみである。

おなじみ佐渡&辻井の組み合わせが客席を魅了した (C)K.Miura
おなじみ佐渡&辻井の組み合わせが客席を魅了した (C)K.Miura

公演データ

【新日本フィルハーモニー交響楽団 サントリーホール・シリーズ】

3月6日(月)19:00 サントリーホール

指揮:インゴ・メッツマッハー
ヴァイオリン:クリスティアン・テツラフ
コンサートマスター:西江 辰郎

ウェーベルン:パッサカリアOp.1
ベルク:ヴァイオリン協奏曲「ある天使の思い出に」
シェーンベルク:交響詩「ペレアスとメリザンド」Op.5

【新日本フィルハーモニー交響楽団 創立50周年記念特別演奏会】

3月25日(土)14:00 すみだトリフォニーホール

指揮:上岡 敏之
コンサートマスター:崔 文洙

ブルックナー:交響曲第8番ハ短調WAB.108(ハース版)

【新日本フィルハーモニー交響楽団 サントリーホール・シリーズ】

4月10日(月)19:00 サントリーホール

指揮:佐渡 裕
ピアノ:辻井 伸行
コンサートマスター:西江 辰郎

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番ハ短調Op.18
リヒャルト・シュトラウス:アルプス交響曲Op.64

宮嶋 極
宮嶋 極

みやじま・きわみ

放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。

SHARE :