夏の音楽祭では、そこでしか聴けない音楽が楽しみである。セイジ・オザワ 松本フェスティバル(OMF)でのサイトウ・キネン・オーケストラ、パシフィック・ミュージック・フェスティバル札幌(PMF)でのPMFオーケストラ。フェスタサマーミューザKAWASAKIでは、国内最大規模で日本のオーケストラの競演が繰り広げられる。また、今年で49回目を迎える木曽音楽祭での、国内の名手たちが集って繰り広げる大きめの室内楽もユニークである。
小澤征爾が総監督を務めるOMFは、1992年にサイトウ・キネン・フェスティバル松本としてスタートし、今年で31年目を迎える。今年は、小澤と親交のある二人の指揮者がサイトウ・キネン・オーケストラの演奏会に招かれる。
一人は映画音楽の巨匠、ジョン・ウィリアムズ。「スター・ウォーズ」や「E.T.」などの映画音楽を手掛けた彼は、90歳を超えた今も指揮者としても活躍。ウィーン・フィルやベルリン・フィルに客演して自作を指揮し、大喝采を浴びている。そんな彼は、かつてボストン・ポップス・オーケストラ(ボストン交響楽団のメンバーで構成)の指揮者を務め、そのときのボストン響の音楽監督が小澤征爾であった。今回は、「スター・ウォーズ」「ハリー・ポッター」「シンドラーのリスト」などの音楽を指揮する。
もう一人は、現在セントルイス交響楽団の音楽監督を務める、ステファン・ドゥネーヴ。彼は、松本やパリでのプーランクのオペラ「カルメル会修道女の対話」で小澤征爾のアシスタントを務め、小澤の信頼を獲得した。これまでにも松本に招かれ、ラヴェルのオペラ「スペインの時」を指揮している。今回は、フランス出身の彼が十八番とするプーランクの「スターバト・マーテル」やラヴェルの「ダフニスとクロエ」組曲第2番を取り上げる。どちらも合唱を含む大作であり、アフター・コロナを象徴する名演となるだろう。
1990年にレナード・バーンスタインによって創設されたPMFは、国際的な教育音楽祭。主役は、オーディションによって選ばれた世界中の若手演奏家によって編成される、PMFオーケストラ。今年は、ポーランドの鬼才、クシシュトフ・ウルバンスキがショスタコーヴィチの交響曲第5番を、デンマーク出身の名匠、トーマス・ダウスゴーがブルックナーの交響曲第9番を振る。ショスタコーヴィチの第5番もブルックナーの第9番も、バーンスタインが好んで取り上げたレパートリーである。ダウスゴーが、今回、ブルックナーの交響曲第9番でサマーレ、フィリップス、コールス、マッツーカの補筆による4楽章版を用いるのにも注目である。同曲は東京公演でも取り上げられる。
フェスタサマーミューザは、ピアノ・ソロやジャズのコンサートもあるが、メインは首都圏を中心とする国内オーケストラの競演である。今年は、山形交響楽団と大阪の日本センチュリー交響楽団も招かれる。メインは、ミューザ川崎シンフォニーホールを拠点とし、この音楽祭のホスト・オーケストラでもある東京交響楽団によるオープニングとフィナーレ。東響音楽監督ジョナサン・ノットが登場するオープニングは、ノットにしては珍しいチャイコフスキーの交響曲を並べたプログラム。彼が名曲をどう料理するのか興味津々である。フィナーレは東響正指揮者・原田慶太楼の指揮でバラエティーに富んだプログラム。清塚信也とのラヴェルのピアノ協奏曲もある。
木曽音楽祭は、老舗の室内学音楽祭。毎年、プログラムが凝っていて、滅多に演奏されない大きめの編成の室内楽曲が注目される。今年は、カルクブレンナーの七重奏曲、ベルワルドの大七重奏曲、ライネッケの八重奏曲などが取り上げられる。また、ブラームスの弦楽六重奏曲第2番などの名曲も楽しみだ。オーボエの古部賢一、クラリネットの山本正治、ファゴットの河村幹子、ホルンの日髙剛、ヴァイオリンの白井圭、漆原啓子、チェロの辻本玲、山崎伸子ら、国内のトップクラスが集う。
【音楽祭詳細】
◇セイジ・オザワ 松本フェスティバル
https://www.ozawa-festival.com/
◇パシフィック・ミュージック・フェスティバル札幌
https://www.pmf.or.jp/
◇フェスタサマーミューザKAWASAKI 2023
https://www.kawasaki-sym-hall.jp/festa/
◇第49回 木曽音楽祭
https://kiso-musicfes.com/
やまだ・はるお
音楽評論家。1964年、京都市生まれ。87年、慶応義塾大学経済学部卒業。90年から音楽に関する執筆を行っている。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人」「トスカニーニ」「いまどきのクラシック音楽の愉しみ方」、編著書に「オペラガイド130選」「戦後のオペラ」「バロック・オペラ」などがある。