個々の妙技でプレ・コンサートから魅了~フェスタサマーミューザN響公演

キンボー・イシイとNHK交響楽団 (C)T.Tairadate
キンボー・イシイとNHK交響楽団 (C)T.Tairadate

恒例の「フェスタサマーミューザ KAWASAKI 2023」が、7月22日〜8月11日に開催された。本音楽祭の特徴は、東京&神奈川の著名オーケストラの演奏を、音響の良いミューザ川崎シンフォニーホールで集中的に聴けること。ここでは、プロ・オーケストラの中で4公演目にあたるNHK交響楽団のコンサートを取り上げよう(7月29日)。指揮はキンボー・イシイで、2021年ショパン・コンクール3位のピアニスト、マルティン・ガルシア・ガルシアがソリストを務めた。プログラムはロシア物。ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番とリムスキー=コルサコフの交響組曲「シェエラザード」である。

 

最初にプレ・コンサートについて触れておきたい。なぜなら、これがなかなかの聴きものだったからだ。本音楽祭では通常、本番前にプレ・トーク(こちらが多い)かコンサートが行われており、N響は後者。出し物は、若手奏者による弦楽四重奏で、ボロディンの弦楽四重奏曲第1番から第1、4楽章だった。本編に関連したロシア物とのことだが、ボロディンの弦楽四重奏曲は第2番が圧倒的に有名で、第1番が弾かれる機会は珍しく、まずはこの意欲を買いたい。演奏も丁寧で鮮やか。緻密な彫琢でバランスも良く、レアな曲の魅力を堪能させてくれたし、トゥッティ奏者がこの技量とはさすがN響!と感心させられた。

 

本編の前半、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番は、強靭(きょうじん)なピアノと重厚なオーケストラが織りなす豪壮な音楽。ファツィオリを弾くガルシア・ガルシアの音は明朗で力強く、しかも高音がクリアで美しい。冒頭のソロから、ロシアの暗い鐘ではなく、陽光の中で鳴り響く眩(まばゆ)い鐘のごとし。続いて交わるオーケストラはすこぶる豊麗だ。本日全体を通してそうだったが、N響のサウンドは分厚く重層感がある。最近のN響は重心が上がった印象を受けていたが、このホールで他のオーケストラに続けて聴くと、肉太で重心の低い伝統のサウンドが今なお健在であることを、改めて認識させられる。しかしガルシア・ガルシアはそれに消されることなく、終始ダイナミックな独奏を続け、オーケストラと渡り合う場面も明快に主張する。音楽自体は、ロマンティックだが珍しいほど陽性のラフマニノフ。それゆえ第3楽章の躍動感が映える。ピアノのアンコールは、同じくラフマニノフの前奏曲Op.32-13。筋の通った選曲でこれまた実にダイナミックだ。

ソリストを務めたマルティン・ガルシア・ガルシア(左) (C)T.Tairadate
ソリストを務めたマルティン・ガルシア・ガルシア(左) (C)T.Tairadate

後半の「シェエラザード」は、N響各パートの名人芸の嵐となる。ヴァイオリン独奏はゲスト・コンサートマスターの郷古廉。冒頭から重量感のある響きが耳を奪い、その後も豊麗・豊潤な音絵巻が展開される。ソリストとしても活躍する郷古だが、ここは大仰な主張をせずに、繊細で美しいソロを奏でる。「この独奏パートはオーケストラの一員としての役割」との視点によるものなのか、はたまたホールの特性(後日聴いた神奈川フィルの「英雄の生涯」における石田泰尚のソロもこれに近い響き方だったので)なのか、興味深いところではあるのだが、とにかく抑え気味に聴こえる。とはいえシェエラザードは夜の語り部なのだから、これも一つの在り方だろう。それにしても各パートの独奏はあまりに見事。チェロ、フルート、オーボエ、ファゴット、ハープ……次々に繰り出される雄弁な名技に終始聴きほれる。第2楽章中間部の弦楽器の動き等も鮮やかだし、第3楽章は極めて艶美。第4楽章は色彩感抜群で、後半の畳み込みも迫真的だ。イシイは、両作品共に、恣意(しい)的な表現は避けながら楽曲の特質を的確に描いていく。オーケストラの特長を生かした衒(てら)いのない表現とも言えようか。特に「シェエラザード」は、楽曲の性格上こうした表現の方が素直に楽しめる。アンコールの「熊蜂の飛行」も洒落た選曲、ここもフルートの妙技が耳を喜ばせる。

様々な名人芸と共にオーケストラの醍醐味を満喫したよきコンサートだった。

公演データ

【フェスタサマーミューザKAWASAKI 2023】

7月29日(土)16:00ミューザ川崎シンフォニーホール

指揮 :キンボー・イシイ
ピアノ:マルティン・ガルシア・ガルシア
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番ハ短調Op.18
リムスキー=コルサコフ:交響組曲「シェエラザード」Op.35(ヴァイオリン独奏:郷古 廉)

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柴田克彦

しばた・かつひこ

音楽マネジメント勤務を経て、フリーの音楽ライター、評論家、編集者となる。「ぶらあぼ」「ぴあクラシック」「音楽の友」「モーストリー・クラシック」等の雑誌、「毎日新聞クラシックナビ」等のWeb媒体、公演プログラム、CDブックレットへの寄稿、プログラムや冊子の編集、講演や講座など、クラシック音楽をフィールドに幅広く活動。アーティストへのインタビューも多数行っている。著書に「山本直純と小澤征爾」(朝日新書)。

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