プッチーニの「ラ・ボエーム」は、絶大な人気を誇るオペラの一つだ。若者の愛と挫折、そして友情をテーマにした、心揺さぶられ共感できる物語と、プッチーニの甘美にして精緻な音楽との妙なる融合。名アリアが並ぶので著名なスター歌手をそろえて上演されることもよくあるが、若者の物語であり、また友情がクローズアップされる部分はアンサンブルが重要なので、若手歌手を起用してアンサンブルオペラの側面を生かす上演も少なくない。今回新国立劇場が25周年記念の一環として上演した「ラ・ボエーム」は、芸術監督を務める大野和士の指揮のもと、スター街道を駆け上がっている比較的若い歌手を集め、各人の個性を発揮させて、「若者のドラマ」を印象づけた魅力的な公演だった。
ソリストのうち、外国からの招聘(しょうへい)組は4人。3人がイタリア人、1人(テノールのスティーヴン・コステロ)はアメリカ人だがイタリア・オペラを得意とする。結果、「ラ・ボエーム」の「イタリア・オペラ」的な明るさが際立った。4人それぞれが役柄に相応しい音色を持っていたことも特筆すべきだろう。
ミミ役のアレッサンドラ・マリアネッリは艶のある声とロマンティックな音色、プリマドンナの存在感を併せ持つ。言葉を丁寧に扱うのも印象的で、最後の幕の絶命前のシーンの切々とした語りは感動的だった。ムゼッタ役のヴァレンティーナ・マストランジェロは声にも姿にも華があり、有名な「ムゼッタのワルツ」では甘く純度の高い声と弱音の完璧なコントロールで魅了した。ロドルフォ役のスティーヴン・コステロは明るく若々しいテノールらしい声、時にセンチメンタルな表情が宿り、青年らしい存在感。ヴィジュアルもよく、スター性を感じさせる。コッリーネ役のフランチェスコ・レオーネは艶やかで深みのある声、レガートも美しく、第4幕のアリア「古い外套(がいとう)よ」では美声を生かし切って会場を沸かせた。日本人勢も互角の実力で、マルチェッロ役須藤慎吾は、声、演技双方で豊かな表情を披露し、ショナール役駒田敏章は、若々しく共感の持てる音楽家を造形した。
大野和士はイタリア・オペラの指揮者としての実力を十全に披露。「歌」の伴奏とドラマの造形というオーケストラの役割をきっちりとコントロールし、ここぞという「歌」の部分では退き、オーケストラが主役の部分ではライトモティーフを鮮やかに浮かび上がらせて、ドラマに流れと生命力を与えた。クラリネットのアレッサンドロ・べヴェラリはじめ、首席奏者たちの叙情的なソロも忘れ難い。
プロダクションは2003年に制作された粟國淳の演出によるもので、新国立劇場の看板プロダクションの一つ。今回は7回目の再演となるが、全く古びることがない。基本的には台本に忠実だが、各幕の冒頭で紗幕をおろし、セピア色の映像を投影、紗幕が上がると舞台が色づいてドラマが動き出すのは、物語が追憶の中にあるような設定でもある。とりわけ、第1幕と第4幕の冒頭でパリの街並みが紗幕に映し出され、屋根裏部屋へとフォーカスされていくシーンは秀逸だ。第2幕のカルチェ・ラタンのシーンでは、人力で動く建物がイヴの夜の活気を演出する。ボエーム仲間がムゼッタを担ぎ上げて人々の行進とともに舞台の奥へ向かう幕切れでは、「ラ・ボエーム」という作品と映画との繋がりを感じさせた。
なおこの公演は、8月12日までオンデマンドで配信されている。
https://www.nntt.jac.go.jp/opera/news/detail/6_025105.html
公演データ
6月28日(水)19:00、30日(金)、7月2日(日)、5日(水)、8日(土)いずれも14:00
新国立劇場オペラパレス
指揮:大野和士
演出:粟國淳
ミミ:アレッサンドラ・マリアネッリ
ロドルフォ:スティーヴン・コステロ
マルチェッロ:須藤慎吾
ムゼッタ:ヴァレンティーナ・マストランジェロ
ショナール:駒田敏章
コッリーネ:フランチェスコ・レオーネ
ベノア:鹿野由之
アルチンドロ:晴 雅彦
パルピニョール:寺田宗永
合唱指揮:三澤洋史
児童合唱指揮:林 ゆか
合唱:新国立劇場合唱団
児童合唱:TOKYO FM 少年合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
かとう・ひろこ
音楽物書き。バッハを中心とする古楽およびオペラ、絵画や歴史など幅広いテーマで執筆、講演活動を行う。欧米の劇場や作曲家ゆかりの地をめぐるツアーの企画同行も行い、バッハゆかりの地を巡る「バッハへの旅」は20年を超えるロングセラー。著書に「今夜はオペラ!」「ようこそオペラ」「バッハ」「黄金の翼=ジュゼッペ・ヴェルディ」「ヴェルディ」「オペラでわかるヨーロッパ史」「オペラで楽しむヨーロッパ史」など。最新刊は「16人16曲でわかるオペラの歴史」(平凡社新書)。
オフィシャルホームページ
https://www.casa-hiroko.com