イタリア出身の人気指揮者ジャナンドレア・ノセダが客演したNHK交響楽団の6月定期公演を振り返る。取材したのはショスタコーヴィチの交響曲第8番を取り上げたCプログラムの初日(16日、NHKホール)。(宮嶋 極)
ノセダは現在、米国の首都ワシントンのナショナル交響楽団音楽監督とチューリヒ歌劇場音楽総監督のポストを兼任していることに加えて、ロンドン交響楽団の首席客演指揮者の肩書も持つなどオペラ、コンサートの両面で活躍している人気指揮者である。N響へも2005年の初登場以来、何度も客演を重ね、情熱あふれる名演で聴衆を魅了してきた。
サンクトペテルブルクのマリインスキー劇場の首席客演指揮者を務めた経験からロシアもの、とりわけショスタコーヴィチの作品解釈には定評がある。今回のN響との第8番でも作品への深い理解を具現化した演奏が行われた。
いわゆる戦争交響曲といわれる作品であるが、不安定な調性感の上に沈鬱(ちんうつ)な曲想、金管・打楽器のフォルティシモがとどろく激烈な大音響、そして静寂な部分が交互に表れ、つかみどころに乏しく難解な交響曲である。それだけに演奏される機会は必ずしも多いとはいえない。N響でもこれまでプログラムに載る機会はシャルル・デュトワ(2010年)、ウラディーミル・アシュケナージ(05年)、ヘルベルト・ブロムシュテット(1994年)、ハンス・ドレヴァンツ(89年)、ヴォルフガング・サヴァリッシュ(78年)、森正(70年)とこれまで6回しかなかった。(N響インスタグラム参照)
ノセダは上述したような複雑な譜面から細密に音楽を構築。戦争の暴力性、悲惨さ、そしてやがて訪れる悲しみと祈り……などショスタコーヴィチが作品に込めた思いが凄絶(せいぜつ)に描き出された演奏となった。金管楽器と打楽器が大爆発しても弦楽器セクションの重厚な響きがかき消されることはなく、ショスタコーヴィチのオーケストレーションの面白さを満喫することができたのは、現在のN響の充実ぶりを示すものであろう。
なお、この日コンサートマスターを務めたのはカナダ・オタワのナショナル・アーツ・センター管弦楽団コンマスの川崎洋介。時折、イスから立ち上がるように腰を浮かせるほどの大きなアクションでオケ全体をリードする姿が印象に残った。ノセダの情熱と繊細さを兼ね備えた音楽作りと、それに応えるN響のうまさによって作品の真価に光が当たった内容の濃いコンサートであった。オケ退場後も拍手は鳴りやまず、ノセダがステージに再登場し、聴衆の歓呼に応えていた。
公演データ
6月16日(金)19:30、17日(土)14:00 NHKホール
指揮:ジャナンドレア・ノセダ
コンサートマスター:川崎 洋介(ゲスト)
ショスタコーヴィチ:交響曲第8番ハ短調Op.65
みやじま・きわみ
放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。