懐かしい響き、ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団

エッシェンバッハ率いるベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団=9日 東京オペラシティ公演より (C) 2/FaithCompany
エッシェンバッハ率いるベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団=9日 東京オペラシティ公演より (C) 2/FaithCompany

ドイツの名門、ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団が首席指揮者クリストフ・エッシェンバッハと4年ぶりの来日を果たした。彼らがエッシェンバッハのポスト在任中最後の来日公演に選んだのはブラームスの交響曲ツィクルス。5月9日東京オペラシティ、11日サントリーホールの公演の様子を、音楽評論家の東条碩夫氏にレポートしていただいた。

4年ぶりに来日したベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団。前回はエリアフ・インバルの指揮だったが、今回は2019年秋から首席指揮者に在任しているクリストフ・エッシェンバッハが来た。ただし、彼の任期は今シーズンまでで、今年秋にはヨアナ・マルヴィッツが就任することになっている。

 

感染症拡大の影響で海外オーケストラの来日が途絶えるという期間を体験したせいもあろうが、久しぶりに聴くドイツの、それもベルリンのオーケストラの響きが、実に新鮮に、懐かしく感じられる。日常的に接していた時には慣れっこになっていた他国のオーケストラの響きが、改めて素晴らしく感じられるようになっているのである。

 

その上、このベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団が——もちろん指揮者のせいもあるのだが——今なおドイツの良き伝統を思わせる、しっとりとしてあたたかい、陰影に富んだ音色を失わずに持っていたことが、評者には大きな喜びであった。たとえばウェーバーの「魔弾の射手」序曲での、冒頭の低弦の深々として力に満ちた響き、ホルンの控えめながらふくよかな音色、ロマン派音楽の演奏にふさわしい分厚い弦のトレモロの空間的な拡がり。それはまさしく、ドイツのオーケストラでなければ響かせ得ないようなものだった。

 

とりわけ見事だったのは、ブラームスの交響曲である。9日にオペラシティで聴いた交響曲第2番では、しなやかな旋律線と、低音域に基盤を置いた重量感豊かな音、内声部に満ちる濃密で翳(かげ)りのある響きなど、うっとりとさせられるほどの魅力にあふれていた。エッシェンバッハが起伏の大きな指揮を聴かせ、叙情的な第2楽章や第3楽章においても、それらの頂点で音楽を激しく昂揚させていったのも印象に残る。第4楽章でも終始猛烈なエネルギーで突進するので、大詰めのクライマックスがそれほど際立たなくなってしまった、というきらいはあったが……。しかし、さすがにいいブラームスを聴かせてもらった、という快い思いになったのは確かである。

コンサートマスターは読響の特別客演コンマスも務める日下紗矢子=11日 サントリーホール公演より (C) 2/FaithCompany
コンサートマスターは読響の特別客演コンマスも務める日下紗矢子=11日 サントリーホール公演より (C) 2/FaithCompany

11日にサントリーホールで聴いた交響曲第4番もいい。第2楽章第2主題で弦楽器群が幅広く豊潤なハーモニーを響かせるあたり、まさに北ドイツのオーケストラの本領ではなかろうか。後半2楽章で、ここぞという瞬間にぐーんと演奏の力感を増し、ブラームスの音楽が持つ説得力をさらに強調する巧みさも見事だった。横浜での第1番と第3番を都合で聴けなかったのは残念だが、エッシェンバッハとベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団のブラームスの魅力は、前出の2曲だけででも、充分に味わえたと思う。

 

今回の来日ツアーは全5回公演で、プログラムにはその他に、ソリストに佐藤晴真を迎えたドヴォルザークのチェロ協奏曲や、五嶋みどりを迎えたシューマンのヴァイオリン協奏曲なども含まれていた。後者での管弦楽パートの憂いを含んだ表情も、これまたドイツのオーケストラならではのものであろう。

 

コンサートマスターは日下紗矢子。ちなみにこのオーケストラには第1コンツェルトマイスターが2人いるが、ひとりは彼女、もうひとりはSuyoen Kimという、いずれも東洋人女性がそのポストを占めているのが興味深い。そういえば、ブラームスの第4楽章で見事なソロを聴かせた首席フルートもYubeen Kimという人だった。メンバー表を見ると、その他弦にも何人か東洋系の人の名が見える。

(右から)日下、11日にソリストを務めた五嶋みどり、エッシェンバッハ=11日 サントリーホール公演より (C) 2/FaithCompany
(右から)日下、11日にソリストを務めた五嶋みどり、エッシェンバッハ=11日 サントリーホール公演より (C) 2/FaithCompany

公演データ

【クリストフ・エッシェンバッハ指揮ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団 来日公演】

5月9日(火)19:00 東京オペラシティ コンサートホール

ウェーバー:歌劇「魔弾の射手」序曲
ドヴォルザーク:チェロ協奏曲ロ短調Op.104
ブラームス:交響曲第2番ニ長調Op.73

チェロ:佐藤晴真

 

5月11日(木)19:00 サントリーホール

ウェーバー:オペラ「魔弾の射手」序曲
シューマン:ヴァイオリン協奏曲ニ短調
ブラームス:交響曲第4番ホ短調Op. 98

ヴァイオリン:五嶋みどり

東条 碩夫
東条 碩夫

とうじょう・ひろお

早稲田大学卒。1963年FM東海(のちのFM東京)に入社、「TDKオリジナル・コンサート」「新日フィル・コンサート」など同社のクラシック番組の制作を手掛ける。1975年度文化庁芸術祭ラジオ音楽部門大賞受賞番組(武満徹作曲「カトレーン」)制作。現在はフリーの評論家として新聞・雑誌等に寄稿している。著書・共著に「朝比奈隆ベートーヴェンの交響曲を語る」(中公新書)、「伝説のクラシック・ライヴ」(TOKYO FM出版)他。ブログ「東条碩夫のコンサート日記」 公開中。

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