東京・春・音楽祭の中心企画のひとつである「リッカルド・ムーティ イタリア・オペラ・アカデミー」が3月18日から4月1日の間、開催された。第3回目となる今年の題材はヴェルディの「仮面舞踏会」。このオペラをムーティ自身が指揮した公演(3月28日)について報告する。(宮嶋 極)
【リッカルド・ムーティ指揮「仮面舞踏会」】
音楽祭開幕日の3月18日に行われたオーケストラの公開リハーサルともいえる作品解説会から約2週間、ムーティがアカデミー生である4人の若手指揮者を指導しながら、腕利きの若手プレイヤーによって編成された東京春祭オーケストラとともに作り上げた「仮面舞踏会」のお披露目となる公演である。2021年の「マクベス」の圧倒的なステージの印象が今でも筆者の記憶に鮮明に残っているだけに期待は大きかった。
今年の「仮面舞踏会」でも全曲にわたって高い集中力が途切れることがなく、聴く者をどんどん作品の世界に引き込んでいく。演者だけではなく聴衆も一体となるような雰囲気を作り出すところは、ヴェルディ作品を指揮した時に発揮されるムーティの〝神通力〟のようなものであろう。テンポは全体にやや遅め。ひとつひとつの旋律をじっくりと掘り下げて、音楽と物語を細かく関連付けた表現が際立っていた。第2幕の刑場の場面のおどろおどろしいまでの不気味な表現、そして第3幕、華やかな舞踏会の陰で暗殺の企みが進行する場面での明暗の対比による緊迫感は並大抵のものではなかった。
東京春祭オケは解説会の時にムーティが指示した箇所をほぼ完璧に履行していたことに加えて、音の質感が18日の時に比べて大きく変化していた。例えば弦楽器のトレモロの音。時に嵐のような激しさで鳴り響き、別の時には柔らかく深みを感じさせるサウンドを紡ぎ出す。これらは普段、日本のオケからはなかなか聴けないものであった。オケに呼応するかのように東京オペラシンガーズも起伏に富んだハーモニーを響かせた。
歌手陣では第1幕2場に登場する占い師ウルリカ役のユリア・マトーチュキナと小姓オスカルを歌ったダミアナ・ミッツィが役のキャラクターの性格を巧みに表出した歌唱を披露。レナート役のセルバン・ヴァシレも第1幕1場、第3幕1場の聴かせどころで健闘をみせた。その一方で主役リッカルド役のアゼル・ザダは明るい声で丁寧に歌っていたが、重要なポイントに差し掛かると毎回声量に物足りなさを感じた。ムーティが説くように必要以上に大きな声でアピールすることは正しい歌唱とはいえないのかもしれないが、ザダの声はオケや合唱の音量に対してはいかんせん弱かったことが唯一残念な点であった。
とはいえ、ムーティが作り出した物語と音楽が一体となったような音楽空間から放出されるエネルギーの強さに今年も圧倒されたことは間違いない。
公演データ
3月28日(火)18:30 、30日(木)18:30 東京文化会館大ホール
ヴェルディ:歌劇「仮面舞踏会」(全3幕演奏会形式上演、日本語字幕付き)
指揮:リッカルド・ムーティ
リッカルド:アゼル・ザダ
アメーリア:ジョイス・エル=コーリー
レナート:セルバン・ヴァシレ
ウルリカ:ユリア・マトーチュキナ
オスカル:ダミアナ・ミッツィ
サムエル:山下 浩司
トム:畠山 茂
シルヴァーノ:大西 宇宙
判事:志田 雄二
アメーリアの召使い:塚田 堂琉
管弦楽:東京春祭オーケストラ(コンサートマスター:長原 幸太)
合唱:東京オペラシンガーズ
みやじま・きわみ
放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。