ジャジューラ指揮ウクライナ国立歌劇場管 真摯に迫った「第九」の本質

ウクライナを代表する指揮者、ミコラ・ジャジューラ 写真提供:光藍社KORANSHA
ウクライナを代表する指揮者、ミコラ・ジャジューラ 写真提供:光藍社KORANSHA

 ウクライナ国立歌劇場管弦楽団&合唱団が、ベートーヴェンの「第九」を披露する。指揮のミコラ・ジャジューラとソリスト4名も全てウクライナの音楽家だ。彼らが今、「人類愛と協調による平和」を謳った「第九」を奏でるとなれば、どうしても身構えてしまう。さぞかし思いがこもった熱演になるのではないだろうか……と。だが、そうした予想は良い意味で裏切られた。ここで鳴り響いたのは、極めて音楽的な“ベートーヴェンの交響曲第9番”だった(柴田克彦)。

 

 最初は「エグモント」序曲。序奏は柔らかな音で丁寧に運ばれ、主部もなめらかなフレージングでふくよかな音楽が展開される。弦楽器のしなやかさが特徴的なサウンドは、中・東欧風とも言えるだろうか。パワーの点では「?」だが、東京オペラシティの13列目ならばこれで十分だ。まずはオーソドックスでほどよい重層感を湛えた序曲を堪能した。

 

 メインの「第九」も同方向の演奏。第1楽章は、力づくにならず、柔らかな弦楽器に瑞々しい管楽器が華を加える。ジャジューラの指揮は、的確にツボを押さえつつ細やかで、ナチュラルなフレージングと起伏を持った、流れの良い音楽を紡ぎ出す。第2楽章は、3拍子のリズムが軽快に弾み、メンデルスゾーンのスケルツォを彷彿させる。中間部の管楽器の刻みの意味深さも特筆物。遅い第3楽章は当然、弦楽器のなめらかな動きに管楽器が柔らかく合わせるといった風情。ジャジューラの目配りの効いた運びも光り、均整のとれた温かみのある音楽が続いていく。後半のファンファーレも突出せず、あくまで流れの中で高揚する。

1834年に誕生し、長い歴史を誇るウクライナ国立歌劇場管弦楽団 写真提供:光藍社KORANSHA
1834年に誕生し、長い歴史を誇るウクライナ国立歌劇場管弦楽団 写真提供:光藍社KORANSHA

 第4楽章前半の管弦楽部分は、比較的インテンポで進行。レチタティーヴォもむやみにデフォルメされることがなく、「喜びの歌」の提示もやはり弦楽器陣の絡みがしなやかだ。そしていよいよ声楽部分。ソリストは皆、今回のツアーで上演される「カルメン」の出演者で、ソプラノはミカエラ、メゾ・ソプラノはカルメン、テノールはドン・ホセ、バスはスニガ役の歌手が務める。従ってかなりオペラティックな歌唱となり、アンサンブルよりも個々の声が勝った歌の競演の趣。ただそれ以上に素晴らしいのは合唱だ。50数名と必ずしも多くはないが、声の威力は圧倒的で、100名以上にも感じる。トルコ行進曲で始まる部分の、管弦楽のフーガに続く「喜びの歌」の合唱は、シンプルに感動的だった。その後の宗教的な場面も、低音男声をはじめとする荘厳な歌声が耳を奪う。声楽部分は、“ドラマティックな声の芸術”に酔わされた。

 

 演奏時間は約65分。この点も表現のスタイルを表している。むろんジャジューラの持ち味に拠るところ大ではあろうが、妙に入れ込んだ“荒さや誇張をいとわない熱演”とは真逆の好演。真摯かつストレートに“音楽”を聴かせた彼らのプロフェッショナルな姿勢に感銘を受けると同時に、(だからこそ)ベートーヴェンと曲そのものの魅力を改めて実感させられた。

(12月30日 東京オペラシティ コンサートホール)

 

公演データ

【ウクライナ国立歌劇場管弦楽団 「第九」公演】

12月28日(水)横浜みなとみらいホール、
12月29日(木)東京オペラシティ コンサートホール
12月30日(金)東京オペラシティ コンサートホール

指揮:ミコラ・ジャジューラ
ソプラノ:リリア・フレヴツォヴァ
メゾ・ソプラノ:アンジェリーナ・シヴァチカ
テノール:ドミトロ・クジミン
バス:セルゲイ・マゲラ
ウクライナ国立歌劇場管弦楽団
ウクライナ国立歌劇場合唱団
ベートーヴェン:「エグモント」序曲 Op.84
ベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調Op.125“合唱付き”

Picture of 柴田克彦
柴田克彦

しばた・かつひこ

音楽マネジメント勤務を経て、フリーの音楽ライター、評論家、編集者となる。「ぶらあぼ」「ぴあクラシック」「音楽の友」「モーストリー・クラシック」等の雑誌、「毎日新聞クラシックナビ」等のWeb媒体、公演プログラム、CDブックレットへの寄稿、プログラムや冊子の編集、講演や講座など、クラシック音楽をフィールドに幅広く活動。アーティストへのインタビューも多数行っている。著書に「山本直純と小澤征爾」(朝日新書)。

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