鈴木優人プロデュース 活気あふれた調布国際音楽祭2025 

鈴木優人(中央)が中心となり、ジャズや室内楽、オーケストラ公演と多彩に行われた同音楽祭 (C)K.Miura
鈴木優人(中央)が中心となり、ジャズや室内楽、オーケストラ公演と多彩に行われた同音楽祭 (C)K.Miura

ことしで13回目を迎えた調布国際音楽祭が6月末、9日間(21~29日)の日程で開かれた。今回のテーマは「Journey Through Music! 音楽の旅へ!」。同音楽祭が「ライフワークのような存在になりつつある」と語る鈴木優人をエグゼクティブ・プロデューサーに、ユニークな出し物が目白押しとなった。(深瀬 満)

優人や父・雅明、バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)が核となり、多彩なジャンルへ触手を伸ばす深さと、ホールのロビーから始まって調布市内の寺社や公園、商店街までエリア展開する広さの掛け算は、同音楽祭ならではの魅力と発信力だ。その吸引力は、さらに高まった印象。今回もベルギーの声楽アンサンブル「ヴォクス・ルミニス」初来日から、アニメや鉄道がらみの凝った企画物まで、メニューは豊富。桐朋学園大学や京王電鉄といった地元の有力団体が、協力の中核にいるのも大きい。

初来日の古楽アンサンブル「ヴォクス・ルミニス」はバッハ一族の作品を紐解いた
初来日の古楽アンサンブル「ヴォクス・ルミニス」はバッハ一族の作品を紐解いた

そうなると参加する音楽家側の創造意欲も、いたく刺激される。6月27日にミニシアターの「せんがわ劇場」で開かれた成田達輝のヴァイオリン・リサイタルは衝撃的だった。冒頭、よれよれの黒装束に身を包んだ成田が舞台に仁王立ちしたり転げ回ったりして、声や体を打つ音で身体パフォーマンスを披露。「入る会場を間違えたか」と一瞬思ったら、それがヴィンコ・グロボカールの実験作品「?肉体の」だった。
バッハの無伴奏作品や、みずからの委嘱作を並べ、「芸術家として今考えていることを見せる場にした」と成田は説明。山根明季子と増井哲太郎の作品では、作曲者本人とのトークを交え、曲の狙いや面白さを解き明かした。最後のヤコブTV「Grab it!」では、スピーカーから流れる英語の高速ラップと電気増幅した楽器のバトルで驚かせ、現代音楽の最先端を満喫させる作りが際立った。

自身の〝いま〟を映し出した成田達輝 (C)K.Miura
自身の〝いま〟を映し出した成田達輝 (C)K.Miura

BCJやフェスティバル・オーケストラが登場した終盤は、一段と活気づいた。BCJはヘンデルのオペラ「ロデリンダ」(28日、演奏会形式)を担当。指揮の鈴木優人は近年この作品群へ急接近し、ヘンデルの音楽語法を十分に吸収している。哀愁を帯びたリリカルな情感は優人の音楽性にもマッチし、繊細な清潔感に満ちた快演となった。
歌手陣にはBCJやヴォクス・ルミニスと関係の深い実力者がそろった。簡易な衣裳をまとって、ステージ前方の赤じゅうたんと長イスで小芝居を展開(演出=佐藤美晴)。題名役のソプラノ、カリーヌ・ティニーは王妃の気品と芯の強さを起伏に富んだ表情で表出し、豊富な声量とスタミナで圧倒した。対となる王位を追われた夫ベルタリード役のカウンターテナー、藤木大地もコントロールの行き届いた精緻な歌唱を聴かせた。唯一の悪役ガリバルド公爵はバリトンの加耒徹が務め、怪しげなヒール役を楽しみつつ演じていた。

「ロデリンダ」より、左からファエーレ・ジョルダーニ(グリモアルド)、藤木大地(ベルタリード)、カリーヌ・ティニー(ロデリンダ)
「ロデリンダ」より、左からファエーレ・ジョルダーニ(グリモアルド)、藤木大地(ベルタリード)、カリーヌ・ティニー(ロデリンダ)

公募で集めた参加メンバーを、鈴木雅明と主要オーケストラのトップ奏者らが指導するフェスティバル・オーケストラは例年同様の建て付け。社会人まで門戸を広げ、オーケストラを社会装置として機能させようとする志は、日本のアマチュア奏者は水準が高いといった単純な見方を超越して、今回も大きな実りをもたらした。
バッハ、モーツァルト、ストラヴィンスキーと、時代も様式も異なる3人の作品を題材に選ぶ発想からして戦略的。バロック期のバッハ 管弦楽組曲第4番は当然、ピリオド奏法を援用。モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第3番(独奏=岡本誠司)も、その延長線で古典派に進んだ。特に後者では、音楽の修辞法まで踏み込んだ練習があったそうで、BCJ主宰者からの教えは貴重な体験になっただろう。これらに続くストラヴィンスキー「ペトルーシュカ」でも鈴木雅明の厳しい造形意識が働いて、いつになく解像度の高いクリアーな音楽となった。

休憩時間のロビーでオリジナルTシャツをみずから売り込んでいた優人は、「音楽祭は盛り上がってなんぼですからね」と張り切っていた。そんな「やり手」ぶりは、もっと磨きが掛かりそうだ。

フェスティバル・オーケストラ公演より、ソリストは岡本誠司(左)、指揮は鈴木雅明 (C)三浦興一
フェスティバル・オーケストラ公演より、ソリストは岡本誠司(左)、指揮は鈴木雅明 (C)三浦興一

公演データ

調布国際音楽祭

6月21日(土)~29日(日)調布市グリーンホール、ほか

調布国際音楽祭|公式ウェブページ

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深瀬 満

ふかせ・みちる

音楽ジャーナリスト。早大卒。一般紙の音楽担当記者を経て、広く書き手として活動。音楽界やアーティストの動向を追いかける。専門誌やウェブ・メディア、CDのライナーノート等に寄稿。ディスク評やオーディオ評論も手がける。

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