岡山の新劇場「ハレノワ芸術創造劇場」、ケルビーニの「メデア」でこけら落とし

岡田昌子(メデア)と清水徹太郎(ジャゾーネ) 撮影:飯島隆
岡田昌子(メデア)と清水徹太郎(ジャゾーネ) 撮影:飯島隆

岡山市の中心、千日前に、新しい劇場が誕生した。岡山芸術創造劇場ハレノワ。岡山の文化の新しい顔だ。音楽ホールとしては2000人を収容し、音響効果も抜群の「シンフォニーホール」があるので、こちらはオペラや演劇といった舞台芸術が中心。1,753席の大劇場、807席の中劇場、固定席がなく、最大300人を収容する小劇場と、3つの劇場を擁する一大文化施設である。市民の交流の場としてオープンスペースがあるのも大きな特徴だ。「ハレノワ」の名称は公募で選ばれたが、岡山が快晴の日が多い「晴れ」の国であることと、劇場が「ハレ」の場であることを掛け合わせ、その「ハレ」の「輪」が広がるようにと願っての命名だという。新施設への行政側の期待が伝わってくる。

 

大劇場は3階席まであり、オーケストラピットも深い。演劇の劇場も兼ねるので音響はややデッドだが、声の響き方に不足はない。

 

9月1日のこけら落とし公演には、ケルビーニのオペラ「メデア」が上演された。日生劇場でこの5月に本作の「日本初演」として上演されたプロダクションである(演出は栗山民也)。客席は超満員で、市民側の新劇場への期待を改めて感じた。

 

1797年に初演された「メデア」がなかなか上演されない(NYのメトロポリタンオペラでも昨年になってようやく初演)理由の一つは、タイトルロールを歌える歌手が少ないことである。自分を捨てた夫への復讐のために子供を殺すという苛烈な役だけに、広い音域と強い声、劇的な感情表現が求められる。しかも現行版は、「オペラ・コミック」(セリフで進行するフランス語のオペラ)として書かれた初演版が、19世紀半ばにドイツ語訳のレチタティーヴォ版になり、さらにそれが20世紀に入ってイタリア語版になったという複雑な経緯をたどり、結果としてさまざまなスタイルが混じり合った劇的な音楽になっている。かつてメデア役を得意としたマリア・カラスが歌ったのもこの版だ。メデア役は第一幕の途中から最後まで出ずっぱりで、高いテンションを維持しなければならない。

 

今回この難役に挑戦したのは、日生劇場の日本初演でもメデア役を歌った岡田昌子。声には十分な強さがあり、パワフルな低音からクリアな高音まで見事に歌い切る一方で、声の色合い自体は明るく叙情的。イタリア語の発声も美しく、イタリア・オペラらしいメデアになった。慈愛あふれる母から復讐に燃える烈女まで幅広い情念の表現も堂に入り、客席を圧倒した。

復讐のためには子どもをも手にかける凄絶(せいぜつ)さ 撮影:飯島隆
復讐のためには子どもをも手にかける凄絶(せいぜつ)さ 撮影:飯島隆

ジャゾーネ役の清水徹太郎はヒロイックながら甘い声を駆使して、二人の女性の間で揺れる弱さを表現。グラウチェ役小川栞奈は、きゃしゃでかれんな声と容姿で、愛の喜びとメデアの復讐への不安に震えるはかなげな女性を造形した。彼女の父で国王クレオンテ役のデニス・ビシュニャは、王にふさわしい品格のにじみ出る演唱。出色だったのはメデアの侍女ネリス役の中島郁子で、しっとりした感触と豊かな情感の宿る美声でメデアに付き従う誠実な女性を好演。メデアの悲痛な運命を案じるアリア「あなたと一緒に泣きましょう」は、聴き手の心に素直に届く音楽で、一服の清涼剤となった。園田隆一郎指揮する岡山フィルは当初はやや硬さもあったが、時間と共に園田の丁寧なリードが浸透し、ドラマの紡ぎ手としての役割を十二分に果たした。

 

簡素ながらダイナミックな栗山の演出も、ドラマを満喫するには効果的。大道具は椅子や階段、柱などシンプルで、衣装も簡素だが、一方で照明が効果的に使われ、第2幕の幕切れでは結婚式の「明」とメデアの苦悶(くもん)の「闇」、第3幕大詰めの神殿炎上などが視覚化される。人物の心理と関係性をシルエットの大小などで投影するのもわかりやすい。

 

終演後はスタンディングオベーションとなり、客席の感動がストレートに伝わった。新劇場が、岡山の文化の新たな担い手となることに期待したい。

岡山芸術創造劇場 ハレノワの大劇場
岡山芸術創造劇場 ハレノワの大劇場

公演データ

【岡山芸術創造劇場 ハレノワ こけら落とし公演 オペラ「メデア」】

9月1日(金)18:30 岡山芸術創造劇場 ハレノワ 大劇場

指揮:園田隆一郎
演出:栗山民也
メデア:岡田昌子
ジャゾーネ:清水徹太郎
グラウチェ:小川栞奈
ネリス:中島郁子
クレオンテ:デニス・ビシュニャ
第一の侍女:相原里美
第二の侍女:金澤桃子
衛兵隊長:山田大智
管弦楽:岡山フィルハーモニック管弦楽団
ケルビーニ:オペラ「メデア」全3幕(イタリア語上演、日本語字幕付、新制作)

加藤 浩子
加藤 浩子

かとう・ひろこ

東京生まれ。慶應義塾大学文学部卒業、同大学院博士課程満期退学(音楽史専攻)。音楽物書き。主にバッハを中心とする古楽およびオペラについて新聞、雑誌その他に執筆、また各所カルチャーセンターなどで講演活動を行う。欧米の劇場や作曲家ゆかりの地をめぐるツアーの企画同行も行い、バッハゆかりの地を巡る「バッハへの旅」は20年を超えるロングセラー。最新刊は「16人16曲でわかるオペラの歴史」(平凡社新書)。

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