多才な音楽家、鈴木優人をエグゼクティブ・プロデューサーに、東京都の西方、調布市で、ひと味違ったプログラムを展開する調布国際音楽祭。12回目の2024年も、中身の濃い企画が相次いだ。メインとなった会期末の3公演などをご報告しよう。(深瀬 満)
優人の父はバッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)を主宰する鈴木雅明。調布市に鈴木一家が居を構えていた縁で発展したこの音楽祭、鈴木親子やBCJが、やはり核となる。それに加え、同市内にキャンパスがある桐朋学園大学が協力し、地元企業が支援に回る有機的なフレームワークが、しっかり構築されているのが強みだ。たとえば会場の内外や店舗で無料コンサートを多く催し、聴衆の市民と舞台に上がる演奏者の双方に広く機会が開かれた。
そんな発想は、オーディションを経て参集した奏者をプロが指導し、共に本番へ臨むフェスティバル・オーケストラ公演(6月22日、調布市グリーンホール)にも共通していた。指揮を執ったのは、音楽祭を監修する鈴木雅明。演奏者は音大生などのほか、社会人にも門戸が開かれた。冒頭のヴィヴァルディ「4本の弦楽器のための協奏曲」では、参加者からヴァイオリンの2人が独奏に選ばれ、コンサートマスター(白井圭)らと交歓を果たした。この後のベートーヴェン「ピアノ協奏曲第4番」を含め、作品の様式感を踏まえた厳しい造形を求める指揮者のもと、ヴィブラートを抑制したクリーンな響きが形づくられた。
こういう意志が明確な指揮者の解釈に触れる機会は、参加者にとって貴重なチャンスになったことだろう。日本のアマチュア奏者のレベルが高いといった単純な話ではなく、オーケストラを社会装置として活用し、裾野の広い活動に貢献しようという世界的な潮流が、調布でも実現している点が重要だ。
ベートーヴェンの独奏者、阪田知樹は、浅めのペダリングでノン・レガートを意識した粒立ちよいタッチと音色を駆使。指揮に呼応した時代様式を的確に表出した。適応能力の広さと鋭敏なセンスは、この世代のピアニストで傑出している。
後半のベルリオーズ「幻想交響曲」は何と鈴木雅明の初挑戦で、注目が高まった。終盤に行くほどテンションが上がり、オフィクレイドやセルパンといったピリオド楽器が加わって「怒りの日」のモチーフを奏する終楽章の後段では、ひときわ激しいテンペラメントが燃え上がり、鬼気迫る熱演となった。
続く最終日(6月23日、同)も、鈴木優人が振るNHK交響楽団や、BCJによるバッハ「音楽の捧げもの」など、魅力的な出し物が続いた。
鈴木優人の演目は、直前のN響B定期から一部を差し替えた形。主役は盟友というヴァイオリンのイザベル・ファウストで、協奏曲がシェーンベルクからベートーヴェンになった。作曲された時代を軽々と超越する名手は、この日も絶好調。ノン・ヴィブラートや鮮鋭な音色を多用し、体全体でリズムに反応するなど特質を全開にした。第1楽章のカデンツァは、ピアノ協奏曲版から転用したティンパニ入りで活気を演出。消え入りそうなピアニッシモを繰り出した第2楽章から、即興のブリッジを経て飛び込んだ第3楽章では、今にも踊り出しそう。時にはトゥッティに加勢する遊び心を見せ、会場を幸せな気分で包んだ。
最終公演の鈴木雅明指揮による「音楽の捧げもの」は、王道を行くバッハ名品集。タイトル作品の抜粋(6曲)のほか、ブランデンブルク協奏曲第1、3番や管弦楽組曲第4番を披露。さらに「3つのヴァイオリンのための協奏曲」ではベルリン在住の日下紗矢子が独奏のトップを務め、注目を浴びた。日下は他作品にも加わって、張りのある音色を聞かせた。欧州では、モダン楽器とピリオド仕様の楽器を区別なく弾きこなすのが当たり前になっているのを、改めて思い知らされた。
かくも盛りだくさんな音楽祭、作り手の個性と創意が大きな相乗効果を発揮して、熱量の高いイベントに昇華されていた。
公演データ
調布国際音楽祭
6月15日(土)~6月23日(日) 調布市グリーンホール ほか
※以下、取材公演
○フェスティバル・オーケストラ公演
6月22日(土)15:00 調布市グリーンホール 大ホール
指揮:鈴木雅明
ピアノ:阪田知樹
ヴィヴァルディ:「調和の霊感」より 4本の弦楽器のための協奏曲ロ短調 RV 580
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番ト長調 Op. 58
ベルリオーズ:幻想交響曲 Op. 14
○鈴木優人×イザベル・ファウスト NHK交響楽団 in Chofu
6月23日(日)14:00 調布市グリーンホール 大ホール
指揮:鈴木優人
ヴァイオリン:イザベル・ファウスト
NHK交響楽団
ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲ニ長調Op. 61
J・S・バッハ(ウェーベルン編):「音楽の捧げもの」より 6声のリチェルカーレ
シューベルト:交響曲第5番変ロ長調D 485
○バッハ・コレギウム・ジャパン「音楽の捧げもの」
6月23日(日)18:00調布市グリーンホール 大ホール
指揮:鈴木雅明
バッハ・コレギウム・ジャパン
J・S・バッハ:ブランデンブルク協奏曲第1番ヘ長調BWV 1046
J・S・バッハ:3つのヴァイオリンのための協奏曲ニ長調BWV1064R
J・S・バッハ:「音楽の捧げもの」より 3声のリチェルカーレ、2つのヴァイオリンのための同度カノン、2声の反行カノン、5度のフーガ・カノニカ、6声のリチェルカーレ(鈴木優人編)、 無限カノン
J・S・バッハ:ブランデンブルク協奏曲第3番ト長調BWV1048
J・S・バッハ:管弦楽組曲第4番ニ長調BWV1069
ふかせ・みちる
音楽ジャーナリスト。早大卒。一般紙の音楽担当記者を経て、広く書き手として活動。音楽界やアーティストの動向を追いかける。専門誌やウェブ・メディア、CDのライナーノート等に寄稿。ディスク評やオーディオ評論も手がける。