記念碑的な輝きとともに ルイージ指揮NHK交響楽団 第2000回定期公演

気迫あふれる指揮で2000回定期を率いた首席指揮者ファビオ・ルイージ 写真提供:NHK交響楽団
気迫あふれる指揮で2000回定期を率いた首席指揮者ファビオ・ルイージ 写真提供:NHK交響楽団

首席指揮者ファビオ・ルイージの指揮でマーラーの交響曲第8番「一千人の交響曲」を取り上げたNHK交響楽団の第2000回定期公演について振り返る。取材したのはAプログラム初日の12月16日、NHKホールでの公演。(宮嶋 極)

 

1926年(大正15)に新交響楽団の名称で結成されたNHK交響楽団が12月定期Aプログラムで定期公演2000回を迎えた。この公演の演目となったマーラーの交響曲第8番は定期会員をはじめとする聴衆の投票で選曲されたものである。

演奏者と聴衆が一体となって、2000回の節目を祝おうとの意図であったが、そうした思いもあってかこの日のルイージとN響の気迫、気合は凄まじいものであった。それが満員の聴衆の大きな期待と見事にかみ合って、まさに記念碑的な輝きを放つ公演となった。終演後の喝采とブラボーの歓声もいつにも増して盛大で、オケが退場してもその勢いは衰えず、ルイージが2度もステージに呼び戻されるほどの盛り上がりとなった。

NHKホールのパイプオルガンを用いて 写真提供:NHK交響楽団
NHKホールのパイプオルガンを用いて 写真提供:NHK交響楽団

今さらながらではあるが、今回の演奏を聴いていて、コンサートの出来不出来というのは、作品に対する解釈や演奏法、それ以前にはテクニックの問題などさまざまあるが、聴衆の心を動かす最大のファクターは演奏者の気迫や熱意なのではないかと感じた。ルイージのみなぎる気迫をこの日コンマスを務めた篠崎史紀が渾身(こんしん)の演奏で受け止め、それを約300人のオケや合唱団に全身のリードで伝えていく。篠崎のこうした姿に経験豊かな彼のコンマスとしての力量が現れていた。

演奏者の気迫が反映したためであろうか、音量の大きさは驚くべきものがあった。むろんパイプオルガンや大合唱を伴う大編成だけに音が大きくて当たり前ではあるのだが、N響の持ち味である低音をベースにした重厚なサウンドが全開となり、海外のオケのような野太い響きが構築されたのである。とはいえ、大きな音や気迫に後押しされた勢いだけで音楽が進んでいったということは一切なく、約85分の大曲の最初から最後まで、高い緊張感が保たれ、ひとつひとつの音、各フレーズの隅々にまで指揮者の意思が繊細に行き届いていることが聴く者に伝わってくる完成度であった。特に合唱やオルガンが加わり大音量がホール全体を埋め尽くしても響きが混濁(こんだく)することなく、美しさ、荘厳さが保たれていたのは見事であった。昨年の就任披露公演となったヴェルディのレクイエムでもそうだったが、ルイージはオペラ指揮者として国際的に高い評価を得ているだけに、声楽を伴う大編成の作品において多数の演者に対する彼の捌(さば)きの上手(うま)さが際立っていた。今後もルイージの指揮でオペラの演奏会形式上演など、声楽付きの大作で名演が繰り広げられることを期待したい。

「一千人…」の名のとおりソリストや合唱、児童合唱を伴う巨大な編成 写真提供:NHK交響楽団
「一千人…」の名のとおりソリストや合唱、児童合唱を伴う巨大な編成 写真提供:NHK交響楽団

なお、N響の第1000回定期は1986年10月1日、2日、NHKホールで開催され、ヴォルフガング・サヴァリッシュの指揮でメンデルスゾーンのオラトリオ「エリア」が演奏された。この時もサヴァリッシュの熱のこもったタクトの下、渾身の演奏が繰り広げられ万雷の拍手が長く続いたことを記憶している。そこから約37年の間に1000回もの定期公演を積み重ねた現在のN響の総合力は技術的にも音楽的にも大きく進歩・向上したことをこの日のマーラーの演奏から感じ取ることができた。

ちなみにN響の1500回定期公演は2003年11月19、20日にサントリーホールで開催されたBプログラム、ローター・ツァグロゼク指揮、オール・モーツァルト・プロで前半はオペラの名アリアなどを、後半は交響曲第39番が演奏された。また、500回定期は1968年3月5、6日、東京文化会館で行われ、岩城宏之指揮、中村紘子の独奏でバルトークの弦楽器と打楽器、チェレスタのための音楽、矢代秋雄のピアノ協奏曲、ストラヴィンスキーの「ペトルーシュカ」が取り上げられた。岩城らしく当時としてはなかなか意欲的な演目である。

そして第1回は1927年(昭和2)2月20日、日本青年館(東京・千駄ヶ谷)を会場に「新交響楽団第1回予約演奏会」として開催された。指揮は近衛秀麿、メンデルスゾーン「フィンガルの洞窟」序曲、モーツァルト「イドメネオ」からバレエ音楽、シューベルトの交響曲第7番ハ長調(8番「ザ・グレート」)が演奏されている。この公演は当初、1月に予定されていたが、大正天皇崩御(1926年12月25日)に伴う服喪期間に重なったため2月に延期されたそうだ。

聴衆の拍手とともにステージに呼び戻されるルイージ(右)。隣は特別コンサートマスターの篠崎、ゲスト・コンサートマスターの郷古(左) 写真提供:NHK交響楽団
聴衆の拍手とともにステージに呼び戻されるルイージ(右)。隣は特別コンサートマスターの篠崎、ゲスト・コンサートマスターの郷古(左) 写真提供:NHK交響楽団

公演データ

NHK交響楽団 第2000回定期公演

12月16日(土)18:00 、17日(日)14:00 NHKホール

指揮:ファビオ・ルイージ
ソプラノ:ジャクリン・ワーグナー、ヴァレンティーナ・ファルカシュ、三宅 理恵
アルト:オレシア・ペトロヴァ、カトリオーナ・モリソン
テノール:ミヒャエル・シャーデ
バリトン:ルーク・ストリフ
バス:ダーヴィド・シュテフェンス
合唱:新国立劇場合唱団、NHK東京児童合唱団
コンサートマスター:篠崎 史紀

マーラー:交響曲第8番 変ホ長調「一千人の交響曲」

宮嶋 極
宮嶋 極

みやじま・きわみ

放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。

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