真夏のオーケストラの祭典として人気を集める「フェスタサマーミューザKAWASAKI 2023」が7月22日から8月11日までの間、ミューザ川崎シンフォニーホールをメイン会場に開催され、延べ約2万5935人が来場し、コロナ禍前のにぎわいを取り戻す盛況のうちに閉幕した。本記事では8月1日に行われたセバスティアン・ヴァイグレ指揮、読売日本交響楽団による公演の模様を報告する。(宮嶋 極)
オーケストラ公演を主軸とした同フェスタに読響は毎年出演しているが、常任指揮者のヴァイグレと登場するのは今回が初めて。〝オペラの名匠〟という公演のサブタイトルにある通り彼の本領が発揮された充実の演奏を聴くことができた。
1曲目のベートーヴェンの交響曲第8番は音楽の構造を堅固に固めた上で全体像を作り上げていくというドイツの伝統的なスタイルの演奏。古楽奏法こそ取り入れてはいないものの、すっきりとしたシャープなサウンドで対旋律や内声部もクリアに聴きとれるなど、生き生きとしたアンサンブルによってこの作品の面白味がストレートに示された。
メインの演目は「ニーベルングの指環」~オーケストラル・アドヴェンチャー。楽劇4作からなり、上演に15時間以上を要するワーグナーの大作「ニーベルングの指環(リング)」のエッセンスをオランダ放送フィルの打楽器奏者で作・編曲家でもあるヘンク・デ・フリーヘルが約60分余りのオーケストラ作品にまとめた大きな交響詩のような作品。ロリン・マゼールによる「ことばのないリング」と並んで、オーケストラ演奏会用の抜粋版として世界中のオケで取り上げられている。(9月にはファビオ・ルイージ指揮、N響も定期で演奏予定)
ヴァイグレはワーグナー作品上演の総本山とされるバイロイト音楽祭で2007年から5年間、「ニュルンベルクのマイスタージンガー」(カタリーナ・ワーグナー演出)を指揮し好評価を博したことに加えて、自らが音楽総監督を務めるフランクフルト歌劇場などで「リング」のツィクルス上演を手掛けるなど、現代を代表するワーグナー指揮者のひとりに数えられる名匠であり、この日も読響からワーグナーに相応しい起伏に富んだ音楽を見事に引き出してみせた。
「ラインの黄金」の前奏から「神々の黄昏」のブリュンヒルデの自己犠牲まで14のライトモティーフや場面の旋律によって構成されている同作品は、楽劇を通して演奏した時と同様に音楽に大きな流れを作り出すことができるかどうかが指揮者の腕の見せどころである。ヴァイグレはさすが経験豊富なだけあって各曲のポイントとなる響きをしっかりと構築しながら、うねるような大きな流れを作り出し、壮大な「リング」の世界を見事に凝縮して聴かせてくれた。
読響も指揮者の要求に応えて精緻な演奏を披露。ホルンやオーボエをはじめとする管楽器各パートのソロも充実していたが、何よりもこの日コンマスを務めた日下紗矢子(特別客演コンマス)のシャープなボウイングにリードされて弦楽器セクションはもとより、オケ全体がスピード感としなやかさを兼ね備えたサウンドを紡ぎ出し、多彩な作品世界を的確に表現することにつなげていた。それにしても、いつものことだが日下がコンマス席に座ると読響の演奏全体がグンと引き締まって聴こえるように感じるのは筆者だけであろうか。いずれにしても素晴らしいコンマスである。
終演後はオケが退場しても盛大な拍手が鳴りやまず、ヴァイグレは難しいソロを成功させるなど大活躍したホルンの松坂隼首席を伴ってステージに再登場し歓呼に応えていた。
公演データ
〇読売日本交響楽団〝オペラの名匠ヴァイグレ×指環〟
8月1日(火)19:00 ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:セバイステァン・ヴァイグレ
コンサートマスター:日下 紗矢子
ベートーヴェン:交響曲第8番ヘ長調Op.93
ワーグナー(ヘンク・デ・フリーヘル編):「ニーベルングの指環」~オーケストラル・アドヴェンチャー
みやじま・きわみ
放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。