オーケストラ・ファンにとって1年間で最もワクワクする瞬間は、シーズン・プログラムの発表のときではないだろうか。最近、いろいろなオーケストラが来年度のシーズン・プログラムを次々と発表している。
シーズン・プログラムは、単なる演奏会情報の羅列ではない。そのオーケストラの進む方向性、目指しているもの、特徴、現状などを知る最適の資料である。熱心なオーケストラ・ファンの方なら、自分なりの読み方(ひいきの指揮者のプログラミングや好きな作曲家の作品はあるかなど)があるのだろうが、ここでは筆者なりのシーズン・プログラムを読む上でのチェックポイントをあげておきたい。
まずはシェフ(音楽監督、首席指揮者、常任指揮者など呼び方は様々)の選曲と登場回数。シェフの演奏会のプログラムこそが、そのオーケストラが今何に取り組んでいるかを示す指標となる。たとえば、NHK交響楽団首席指揮者のファビオ・ルイージは、フランツ・シュミット、ツェムリンスキー、ブルックナー、マーラーを取り上げて、ウィーンを中心とする後期ロマン派の音楽に傾注しているのがわかる。東京交響楽団の音楽監督としてのラスト・シーズンのジョナサン・ノットは、マタイ受難曲と戦争レクイエム等の宗教曲やブルックナーとマーラーの交響曲などの大作で締め括る。大阪フィル音楽監督の尾高忠明は、十八番のエルガーから「ゲロンティアスの夢」と交響曲第3番を取り上げ、特別演奏会でベートーヴェンの交響曲全曲に取り組む。日本センチュリー交響楽団音楽監督としての最初のシーズンの久石譲は定期演奏会で必ず自作を指揮する。また、テーマを決めずに幅広いレパートリーに取り組むというシェフも、それはそれで見識である。シェフの定期演奏会への登場頻度は、人気指揮者のポストの兼務の多い現在では3割程度が標準であろうか。
次に首席客演指揮者や桂冠指揮者などのポストがある指揮者に注目する。現在97歳のN響桂冠名誉指揮者ヘルベルト・ブロムシュテットの来年10月の3プログラムは非常に楽しみである。東京都交響楽団桂冠指揮者であるエリアフ・インバルのマーラーの交響曲第8番も大いに期待される。また都響では首席客演指揮者のアラン・ギルバートのブラームス交響曲全曲演奏にも注目。
また、オペラなどの大作をチェックする。東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団はヴェルディの「ドン・カルロ」、東響はラヴェルの「子どもと魔法」、読売日本交響楽団は團伊玖磨の「夕鶴」、京都市交響楽団はモーツァルトの「コジ・ファン・トゥッテ」、九州交響楽団は「トスカ」をそれぞれ演奏会形式で上演する。
アニバーサリー・イヤーの作曲家の作品にも着目してみる。2025年はショスタコーヴィチの没後50年であり、ラヴェルの生誕150年である。都響は来年度、ショスタコーヴィチの4つの交響曲を取り上げる。
そのほか、日本の作曲家の作品や現代の作品、世界初演や日本初演にも注目したい。来年度、群馬交響楽団は定期演奏会で必ず日本人作品を入れる。菅野祐悟(群響)、藤倉大(N響)、小田実結子(山形交響楽団)、小出稚子(名古屋フィルハーモニー交響楽団)の新作初演も楽しみである。
やまだ・はるお
音楽評論家。1964年、京都市生まれ。87年、慶応義塾大学経済学部卒業。90年から音楽に関する執筆を行っている。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人」「トスカニーニ」「いまどきのクラシック音楽の愉しみ方」、編著書に「オペラガイド130選」「戦後のオペラ」「バロック・オペラ」などがある。