~89~ 交響曲とメンタル・ピクチャー(心に描く絵)

スクリャービンによる交響曲第2番の物語性を具現化した原田慶太楼とNHK交響楽団 写真提供:NHK交響楽団
スクリャービンによる交響曲第2番の物語性を具現化した原田慶太楼とNHK交響楽団 写真提供:NHK交響楽団

「幻想交響曲」は、ベルリオーズがある芸術家(=彼自身)のストーリーに基づいて描いた標題音楽(プログラム・ミュージック)であるが、多くの交響曲は、純音楽であり、何かの情景を描くものではない。しかし、純音楽といっても、フーガのような音の構築物から、作曲家の喜怒哀楽を表すもの、自然の情景にインスピレーションを受けたものまで、いろいろな交響曲があるのも事実である。

 

ブルックナーの交響曲第4番「ロマンティック」は、「ロマンティック」というニックネームがついているものの、それは男女のロマンティックな情景を表すような標題音楽では決してなく、まさに純音楽である。しかし、何度もこの作品を聴いていると、ヨーロッパの山々の壮大な風景や森のさざめき、鳥の声、狩りの角笛などがイメージされてくる。

 

7月5日、ヤクブ・フルシャが東京都交響楽団のブルックナーの交響曲第4番を指揮した。その演奏はとても純音楽的に聴こえた。音の風景よりもハーモニーや音色の美しさに惹きつけられた。それは、ある意味、バッハの器楽曲を聴くようなブルックナーであったといえる。新鮮な体験だった。

 

6月9日には原田慶太楼&NHK交響楽団でスクリャービンの交響曲第2番を聴いた。スクリャービンの交響曲第3番は「神聖な詩」、交響曲第4番は「法悦の詩」というニックネームが付けられ、標題的な要素も含まれているが、交響曲第2番は純音楽的な作品である。原田は、この作品に取り組む際、自分の描く明確な物語をオーケストラに伝えたという。スクリャービンの作曲当時の心境を想像し、オーケストラとともに物語を作り上げていった。実際に聴いた演奏では、終楽章の歓喜に至る音楽にストーリー性が感じられたし、スクリャービン独特の色彩や響きを楽しむことができた。

 

純音楽作品に独自の解釈によるストーリー性を与えることで、演奏に説得力が増すことは多いに違いない。

 

指揮者が頭の中に描く絵(メンタル・ピクチャー)をオーケストラに伝えようとしても、そのイメージが楽団員たちと何パーセントほど共有されるかはわからない。それでも、奏者が何らかのイメージを持つことができれば、オーケストラの一人ひとりが頭の中で描く絵やストーリーが指揮者のそれと多少異なっていても、演奏は説得力を増す。音楽とはそういうものである。

 

そして、指揮者の描くイメージ(やストーリー)は、オーケストラを介して、聴衆に間接的に伝達される。最終的に、指揮者の抱いたイメージがどれくらい正確に聴衆に伝わるかはわからないし、聴き手にはその演奏を勝手にイメージする自由が存在する。それでも核となるイメージが聴衆にちゃんと伝わったりする。そこが音楽の面白さである。

 

指揮者が音楽に対して明確なイメージを持つことはとても大切だと思う。オーケストラが納得して音楽を作ることができるから。そしてその演奏から聴衆も頭の中に何らかのイメージを描くことができる(それがどんなものであっても自由!)。私は、純音楽においても、ストーリーやビジュアルが思い浮かぶような演奏が好きだ。

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山田 治生

やまだ・はるお

音楽評論家。1964年、京都市生まれ。87年、慶応義塾大学経済学部卒業。90年から音楽に関する執筆を行っている。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人」「トスカニーニ」「いまどきのクラシック音楽の愉しみ方」、編著書に「オペラガイド130選」「戦後のオペラ」「バロック・オペラ」などがある。

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