2024年も年明けから各地で名演、名舞台が目白押しとなっている。今回は1月のステージからピカイチを、3月に開催予定の公演からイチオシを選者の皆さんに紹介していただいた。
先月のピカイチ
◆◆24年1月◆◆ 東条碩夫(音楽評論家)選
〈東京都交響楽団 第992回定期演奏会B〉
1月18日(木)サントリーホール
ジョン・アダムズ:「アイ・スティル・ダンス」「アブソリュート・ジェスト」「ハルモニーレーレ」
ジョン・アダムズ(指揮)/エスメ弦楽四重奏団
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〈国際音楽祭NIPPON2024モーツァルト ヴァイオリン協奏曲 全曲演奏会〉
1月12日(金)東京オペラシティコンサートホール
モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番、同第5番「トルコ風」、ディヴェルティメントK.136、他
諏訪内晶子(ヴァイオリン)/サッシャ・ゲッツェル(指揮)/国際音楽祭NIPPONフェスティヴァル・オーケストラ
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~作曲者自身のタクト、作品の本質をあらわに~
先々月の「イチオシ」に挙げた公演と一致したのは幸いだ。これまでは「豊麗な音色」という印象の強かった「ハルモニーレーレ」が、作曲者自身の指揮では恐るべき凶暴な、攻撃的な響きの作品と化したのは衝撃的だった。一方、諏訪内晶子のモーツァルトの協奏曲3番、5番が激しい情熱的な演奏だったことに加え、協演のサッシャ・ゲッツェルが指揮したディヴェルティメントが天馬空を行く感の見事な演奏だったのもうれしい。
来月のイチオシ
◆◆3月◆◆ 東条碩夫(音楽評論家)選
〈新国立劇場 ワーグナー:「トリスタンとイゾルデ」〉
3月14日(木)、17日(日)、20日(水・祝)、23日(土)、26日(火)、29日(金)新国立劇場オペラパレス
大野和士(指揮)/デイヴィッド・マクヴィカー(演出)/ゾルターン・ニャリ(トリスタン)/リエネ・キンチャ(イゾルデ)/エギリス・シリンス(クルヴェナール)/藤村実穂子(ブランゲーネ)他/東京都交響楽団
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〈東京二期会 ワーグナー:「タンホイザー」新制作〉
3月2日(土)、3日(日)東京文化会館 大ホール
アクセル・コーバー(指揮)/キース・ウォーナー(演出)/サイモン・オニール、片寄純也(タンホイザー)/渡邊仁美、梶田真未(エリーザベト)他/読売日本交響楽団
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~「トリスタン…」のマクヴィカーによる巧みな心理描写に期待~
「トリスタン」は「東京・春・音楽祭」でのヤノフスキ指揮による演奏会形式上演も聴きものだが、ここでは新国立劇場で2010年に舞台上演されたマクヴィカーの、心理描写の巧みな演出版の再演を挙げよう。「タンホイザー」は、2月末から公演が始まっているものだが、鬼才キース・ウォーナーのユニークな新演出が見ものだろう。ドレスデン版とパリ版の折衷版上演である。他にびわ湖ホールの「ばらの騎士」舞台上演(2日・3日)も挙げたかったところ。
先月のピカイチ
◆◆24年1月◆◆ 柴田克彦(音楽ライター)選
〈バッハ・コレギウム・ジャパン ブラームス:ドイツ・レクイエム〉
1月19日(金)東京オペラシティ コンサートホール
鈴木雅明(指揮)/安川みく(ソプラノ)/ヨッヘン・クプファー(バス)
シュッツ:「主にあって逝く死者は幸せだ」/ブラームス:ドイツ・レクイエム
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〈NHK交響楽団 第2003回定期公演B〉
1月24日(水)サントリーホール
トゥガン・ソヒエフ(指揮)/郷古廉(ヴァイオリン)/村上淳一郎(ヴィオラ)
モーツァルト:ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲/ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」
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~圧巻の名演だったBCJの「ドイツ・レクイエム」~
以前にイチオシで挙げた諏訪内晶子のモーツァルトのヴァイオリン協奏曲全曲も好演だったが、ここはBCJの「ドイツ・レクイエム」の圧倒的名演をピカイチに。緊張感とテンションを終始保った鈴木雅明のリードで繰り広げられた、ピュアな美しさと劇的な迫真性を兼ね備えた演奏は、情報量多くして実に感動的。最後まで弛緩(しかん)のない同曲の演奏は初めて聴いたと言えるほどだった。N響は表情こまやかでいて流れの良いソヒエフの指揮に感嘆。
来月のイチオシ
◆◆3月◆◆ 柴田克彦(音楽ライター)選
〈The Real Chopin×18世紀オーケストラ〉
3月11日(月)、12日(火)東京オペラシティ コンサートホール
川口成彦(ピアノ)/トマシュ・リッテル(ピアノ)/ユリアンナ・アヴデーエワ(ピアノ)
(3月11日)モーツァルト:交響曲第40番/藤倉大:Bridging Realms for fortepiano/ショパン:ポーランドの歌による幻想曲、演奏会用ロンド「クラコヴィアク」、ピアノ協奏曲第1番
(3月12日)モーツァルト:交響曲第35番 「ハフナー」/ショパン:「ドン・ジョヴァンニ」の〝お手をどうぞ〟による変奏曲、アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ、ピアノ協奏曲第2番、他
18世紀オーケストラとともにピリオド楽器を奏でるリッテル、川口、アヴデーエワ (C)T. ZYDATISS/(C)Fumitaka Saito/ (C)Sammy Hart
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〈岡本侑也(チェロ) 無伴奏Ⅱ〉
3月10日(日)トッパンホール
ペンデレツキ:ジークフリート・パルムのためのカプリッチョ/尾高惇忠:独奏チェロのための「瞑想(めいそう)」/ブリテン:無伴奏チェロ組曲第1番/ユン・イサン:グリッセ、他
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~再体験不可能と思(おぼ)しき18世紀Oのショパン~
新国立劇場と東京・春・音楽祭の「トリスタン〜」競演をはじめ注目の公演が多い3月だが、発表時から楽しみだったのが、18世紀オーケストラと古楽の名ピアニストによるショパンの公演。上演機会が稀(まれ)な曲を含むピアノ+管弦楽作品の全曲を、ピリオド楽器の達人たちの演奏でまとめて堪能できるこの機会は、まず見逃せない。俊英チェリスト・岡本侑也は、2021年の無伴奏公演で驚異的な凄演を展開した。当然続編への期待も大!
先月のピカイチ
◆◆24年1月◆◆ 池田卓夫(音楽ジャーナリスト)選
〈読売日本交響楽団 第634回定期演奏会〉
1月16日(火)サントリーホール
セバスティアン・ヴァイグレ(指揮)/ダニエル・ロザコヴィッチ(ヴァイオリン)
ワーグナー:歌劇「リエンツィ」序曲/ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲/R・シュトラウス:交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」
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〈藤原歌劇団 グノー:「ファウスト」〉
1月28日(日)東京文化会館大ホール
阿部加奈子(指揮)/ダヴィデ・ガラッティーニ・ライモンディ(演出)/澤﨑一了(ファウスト)/伊藤貴之(メフィストフェレス)/迫田美帆(マルグリート)、他/藤原歌劇団合唱部/東京フィルハーモニー交響楽団
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~ヴァイオリンの歴史を垣間見せたロザコヴィッチのベートーヴェン~
読響定期というより弱冠22歳、ロザコヴィッチが独奏するベートーヴェンの協奏曲に魅了された。98歳の天寿を全うしたイヴリー・ギトリスが1956〜2020年に所有していたストラディヴァリの名器「ex-Sancy」を貸与されたロザコヴィッチ。音楽の内面に吸い込まれ、天に昇るような美音を介しヴァイオリンの歴史そのものが垣間みえた。阿部加奈子の日本でのピット・デビューも大成功だった。
来月のイチオシ
◆◆3月◆◆ 池田卓夫(音楽ジャーナリスト)選
〈東京春祭ワーグナー・シリーズ vol.15「トリスタンとイゾルデ」〉
3月27日(水)、30日(土)東京文化会館大ホール
マレク・ヤノフスキ(指揮)/スチュアート・スケルトン(トリスタン)/フランツ=ヨゼフ・ゼーリヒ(マルケ王)/ビルギッテ・クリステンセン(イゾルデ)/マルクス・アイヒェ(クルヴェナール)他/東京オペラシンガーズ/NHK交響楽団 ※演奏会形式
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〈びわ湖ホール R・シュトラウス:「ばらの騎士」〉
3月2日(土)、3日(日)滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール
阪哲朗(指揮)/中村敬一(演出)/森谷真理・田崎尚美(元帥夫人)/妻屋秀和・斉木健詞(オックス男爵)/八木寿子・山際きみ佳(オクタヴィアン)他/びわ湖ホール声楽アンサンブル/京都市交響楽団
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~ドイツ歌劇を堪能する1か月~
新国立劇場の再演、東京・春・音楽祭の子ども向け短縮版ともども2024年春の東京で繰り広げられる「トリスタン合戦」は圧巻だ。中でも演奏会時点で85歳となる巨匠ヤノフスキがNHK交響楽団を指揮する演奏会形式上演は、キリリと引き締まった最先端のワーグナー像の再現を期待できる。新しい芸術監督、阪哲朗の門出となる大津の「ばらの騎士」と併せ、ドイツ歌劇を堪能する1か月。
先月のピカイチ
◆◆24年1月◆◆ 毬沙琳(音楽ジャーナリスト)選
〈東京都交響楽団 第992回定期演奏会B〉
1月18日(木)サントリーホール
ジョン・アダムズ:「アイ・スティル・ダンス」「アブソリュート・ジェスト」「ハルモニーレーレ」
ジョン・アダムズ(指揮)/エスメ弦楽四重奏団
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〈日本フィルハーモニー交響楽団 第394回横浜定期演奏会〉
1月20日(土)横浜みなとみらいホール
カーチュン・ウォン(指揮)/上原彩子(ピアノ)
伊福部昭:舞踏曲「サロメ」より〝7つのヴェールの踊り〟/ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲/ベルリオーズ:幻想交響曲
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~両オーケストラ 作品における新たなる発見~
ジョン・アダムズと都響の初共演は、作曲家自らの指揮により作品の本質が見えてくる貴重な体験でもあった。特に「ハルモニーレーレ」はこれまで聴いた機能的な大音響の印象から、音楽的にハーモニーの移ろいを歌っていくという新たなる発見と確信に満ちた演奏。
カーチュン・ウォンはアジアの現代音楽に光を当てた日フィル東京定期も秀逸なプログラミングだったが、幻想交響曲は映像が浮かぶような劇的かつ緻密な演奏に心を射抜かれた。
来月のイチオシ
◆◆3月◆◆ 毬沙琳(音楽ジャーナリスト)選
〈新国立劇場 ワーグナー:「トリスタンとイゾルデ」〉
3月14日(木)、17日(日)、20日(水・祝)、23日(土)、26日(火)、29日(金)新国立劇場オペラパレス
大野和士(指揮)/デイヴィッド・マクヴィカー(演出)/ゾルターン・ニャリ(トリスタン)/リエネ・キンチャ(イゾルデ)/エギリス・シリンス(クルヴェナール)/藤村実穂子(ブランゲーネ)他/東京都交響楽団
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〈東京春祭ワーグナー・シリーズ vol.15「トリスタンとイゾルデ」〉
3月27日(水)、30日(土)東京文化会館大ホール
マレク・ヤノフスキ(指揮)/スチュアート・スケルトン(トリスタン)/フランツ=ヨゼフ・ゼーリヒ(マルケ王)/ビルギッテ・クリステンセン(イゾルデ)/マルクス・アイヒェ(クルヴェナール)他/東京オペラシンガーズ/NHK交響楽団 ※演奏会形式
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~2つのトリスタンとイゾルデ、陽春の響宴(きょうえん)~
3月はワーグナーの大作「トリスタンとイゾルデ」が新国立劇場と東京春祭(演奏会形式)で上演される。新国立劇場はデイヴィッド・マクヴィカーによる物語の世界を美しく視覚化した舞台が13年ぶりの再演、初演も指揮した大野和士が都響を率いて再び登場する。トリスタン役が当劇場初登場のニャリに変更したが、俳優出身の演技力に期待したい。春祭ワーグナー・シリーズ初のトリスタンはヤノフスキと歌手たちの音楽作りに注目だ。
先月のピカイチ
◆◆24年1月◆◆ 宮嶋 極(音楽ジャーナリスト)
〈新国立劇場 チャイコフスキー:「エウゲニ・オネーギン」〉
1月27日(土)新国立劇場オペラパレス
ヴァレンティン・ウリューピン(指揮)/ドミトリー・ベルトマン(演出)/エカテリーナ・シウリーナ(タチヤーナ)/ユーリ・ユルチュク(オネーギン)/アレクサンドル・ツィムバリュク(グレーミン公爵)他/新国立劇場合唱団/東京交響楽団
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〈NHK交響楽団第2001回定期公演A〉
1月14日(日)NHKホール
トゥガン・ソヒエフ(指揮)
ビゼー(シチェドリン編):バレエ音楽「カルメン組曲」/ラヴェル:組曲「マ・メール・ロア」/ラヴェル:バレエ音楽「ラ・ヴァルス」
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~音楽に没入し易(やす)いベルトマン演出による「オネーギン」~
新国の「オネーギン」は2019年にプレミエされたベルトマン演出によるプロダクションの再演。少しひねりはあるが基本、台本に忠実で音楽に没入し易い作り。指揮のウリューピンは東響から繊細なニュアンスに富んだ演奏を導き出し、舞台上の歌唱と演技を支えて抒情(じょじょう)的な音楽空間を見事に創出していた。ロシアとウクライナ出身歌手による息の合ったアンサンブルも時節柄心に響いた。次点のソヒエフとN響は両者の相性の良さが演奏の高揚に反映され満足度が高かった。
来月のイチオシ
◆◆3月◆◆ 宮嶋 極(音楽ジャーナリスト)
◎次点なし、2公演イチオシ
〈新国立劇場 ワーグナー:「トリスタンとイゾルデ」〉
3月14日(木)、17日(日)、20日(水・祝)、23日(土)、26日(火)、29日(金)新国立劇場オペラパレス
大野和士(指揮)/デイヴィッド・マクヴィカー(演出)/ゾルターン・ニャリ(トリスタン)/リエネ・キンチャ(イゾルデ)/エギリス・シリンス(クルヴェナール)/藤村実穂子(ブランゲーネ)他/東京都交響楽団
次点
〈東京春祭ワーグナー・シリーズ vol.15「トリスタンとイゾルデ」〉
3月27日(水)、30日(土)東京文化会館大ホール
マレク・ヤノフスキ(指揮)/スチュアート・スケルトン(トリスタン)/フランツ=ヨゼフ・ゼーリヒ(マルケ王)/ビルギッテ・クリステンセン(イゾルデ)/マルクス・アイヒェ(クルヴェナール)他/東京オペラシンガーズ/NHK交響楽団 ※演奏会形式
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~ワーグナーの大作上演、聴き比べて堪能~
イチオシは次点なしで2つの公演を推す。いずれもワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」で、新国の大野、東京春祭のヤノフスキとオペラで実績を残してきた名匠が、内外のワーグナー歌手を集めてのステージ。いずれか甲乙付け難い上にどちらの公演がより心を打つのか聴き比べがお勧めである。東京でワーグナーの大作上演が同時期に〝激突〟するのは2005年新国とバイエルン州立歌劇場の「マイスタージンガー」以来のこととなる。