エルガーの生涯の作曲活動を俯瞰(ふかん)するプログラムを堪能した興趣豊かな一夜
尾高忠明の指揮による大阪フィルハーモニー交響楽団の東京定期演奏会。尾高は音楽監督就任翌年の2019年の第51回からこの東京定期の指揮を続けている。2020年の第52回以降は、コロナ禍で中止となった翌年の第53回も含めて、ブルックナーの交響曲をメインとするのが恒例となっていたが、今回は2019年の交響曲第1番以来7年ぶりに、メインにエルガーの交響曲を取りあげた。
しかも今回は東京定期では初めて、すべての曲をエルガーで統一している。30代半ばの作品、名声を高めてからの40代の作品、70代後半の最晩年に取り組みながら未完成に終わった作品と、生涯の作曲活動を俯瞰するような構成である。メインの交響曲第3番が別人によって没後に補筆完成されたものであるだけに、本人が完成させた作品の響きと聴きくらべることができて、興趣豊かな一夜となった。
最初は「弦楽のためのセレナード ホ短調Op.20」。自らの結婚3周年を記念して書かれたというものだからか、落ち着いて幸福を静かにかみしめているような3楽章の作品。尾高は日本を代表するエルガーのスペシャリストであるだけに、曲想と構成を自然に音にしていく。大阪フィルの弦楽セクション(コンサートマスターは崔文洙)も着実にそれに応える。8シーズン目にある音楽監督とオーケストラの関係のよさを感じさせる演奏だった。
次に、5曲からなる歌曲集「海の絵Op.37」。エルガーが描く海は、深くて大きい。しぶきを肌で感じるよりも、その広がりを想うような音楽。女声パートも、イギリスの伝説的名歌手クララ・バットが創唱したことでもわかるとおり、低めで深々としたコントラルトのために書かれている。体調不良で降板したアンナ・ルチア・リヒターに代わって歌った林眞暎は、この低い声域も得意としているようで、ゆったりとたっぷりと、流れゆく時間を味わわせてくれた。
そして後半は、「交響曲第3番ハ短調Op.88」。エルガーが部分的なスケッチをかなり多量に遺しながらも完成に至らず、イギリスの作曲家アンソニー・ペインが1997年に補筆して完成させている。
尾高は2004年に札幌交響楽団を指揮して日本初演して以来、演奏を重ねてきた。その経験が自信となっているのだろう、聴衆に不安を与えない、充実した音楽を60分にわたって聴かせてくれた。
エルガーが生前に完成した2曲の交響曲には、とにかく渋い響きという印象があるのだが、ここでは金管や各種打楽器の活躍により、「威風堂々」や「エニグマ変奏曲」などのポピュラーな作品に近い、より親しみやすい響きとなっている。とはいえけっして華やかではなく、全体に幻想的な、哀しい夢のような雰囲気が漂う。小太鼓の響きのなかに、最後にドラが鳴って消えるコーダも印象的だ。
かつては英雄主義というかなんというか、単独で完成させたものでなければ価値がない、というような潔癖主義が支配的だったけれど、近年は編曲や共作、補筆も素直に受け入れて、それはそれとして楽しめる余裕が、音楽界にも聴衆にも広まっていると感じる。この作品はまさにその典型だろう。堂々たる音楽として聴かせてくれた尾高と大阪フィルに感謝する。
(山崎浩太郎)
公演データ
大阪フィルハーモニー交響楽団 第58回東京定期演奏会
2月17日(火)19:00サントリーホール 大ホール
指揮:尾高忠明
メゾ・ソプラノ:林 眞暎
管弦楽:大阪フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:崔 文洙
プログラム
エルガー:弦楽のためのセレナード ホ短調 Op.20
エルガー:海の絵 Op.37
エルガー:交響曲 第3番 ハ短調 Op.88(アンソニー・ペインによる補筆完成版)
やまざき・こうたろう
演奏家の活動と録音をその生涯や同時代の社会状況において捉えなおし、歴史物語として説く「演奏史譚」を専門とする。クラシック音楽専門誌各誌や各種サイトなどに寄稿するほか、朝日カルチャーセンター新宿教室にてクラシック音楽の講座を担当している。著書は『演奏史譚1954/55』『クラシック・ヒストリカル108』(アルファベータ)、片山杜秀さんとの『平成音楽史』(アルテスパブリッシング)ほか。1963年東京生まれ。









