【インバル90歳記念】都響スペシャル

90歳の誕生日に都響を指揮して圧巻のマーラー8番を披露したエリアフ・インバル

2月16日、エリアフ・インバル90歳の誕生日。卒寿を迎えた日に35年にわたって親密な関係を続けてきた都響と大作、マーラーの交響曲第8番で圧巻の演奏を披露。終演後には大編成のオケ、合唱団、ソリストが一体となって「ハッピーバースデー」の大合唱で祝福。感動的な光景であった。

エリアフ・インバルが90歳の誕生日に都響の指揮台に立った 提供:東京都交響楽団 /(c)藤本史昭
エリアフ・インバルが90歳の誕生日に都響の指揮台に立った 提供:東京都交響楽団 /(c)藤本史昭

インバルと都響がマーラー8番に取り組んだのは1996年、2008年、14年に続いて12年ぶり4度目のこととなる。「千人の交響曲」との副題(マーラー自身が名付けたものではなく、本人はこの呼び名を嫌っていたとされる)の通り、演奏に要する人数が多いこともあり、取り上げられる機会は多くはない作品だけに、同一指揮者とオケによる4度もの取り組みは稀有な例といえる。
筆者は過去3回とも聴く機会に恵まれたが、毎回印象が異なっている。直近の14年は都響との2回目のマーラー・ツィクルス(2012年~14年)の一環であったが、多人数の演者の音量バランスを細部にわたって整えて、マーラー独特の音響をち密に構築し、その完成度の高さに驚きを禁じ得なかった。

インバルと都響が4度目となるマーラー8番を披露した 提供:東京都交響楽団 /(c)藤本史昭
インバルと都響が4度目となるマーラー8番を披露した 提供:東京都交響楽団 /(c)藤本史昭

今回も全体の響きは譜面を〝見通しよく〟分離して聴かせる流行のスタイルではなく、マーラー独特の複雑な音場をひとまとまりにして構築するインバル流が貫かれていたが、表現法に変化が見られた。第1部「来たれ、創造主なる聖霊よ」は、前回同様の組み立てのように感じたが、第2部「ゲーテ〝ファウスト〟より最終章」に入ると表現がよりアグレッシブになり、弦楽器のフォルティシモでは切れ込みの鋭い音楽作りが行われた。続いて、少年少女合唱に加えてテノール独唱(マリア崇敬の博士)による部分へと移行していくにつれて、その表現はより人間的、現世的に感じられるようになっていった。
第2部3つめのパートに入るとハルモニウムの長音に支えられたハープのアルペジオに乗って今度は幸福感に満ちた旋律が合唱によって厳かに歌われる。第2部序盤との表情の変化は鮮やかであった。

コーダに向けて徐々にエネルギーを蓄積していくような展開となり演奏の熱量も高まっていった。コーダに入ると2階センターブロック中央通路の左右に配置された金管楽器のバンダ(7人×2組)も加わって宇宙が鳴動するかのような圧倒的な音響が美しくホールにこだました。

コーダに向けて徐々にエネルギーを蓄積していくような展開となり演奏の熱量も高まっていった 提供:東京都交響楽団 /(c)藤本史昭
コーダに向けて徐々にエネルギーを蓄積していくような展開となり演奏の熱量も高まっていった 提供:東京都交響楽団 /(c)藤本史昭

独唱陣は2階オルガン下P席最前列からの歌唱。ソプラノ1(罪深き女)のファン・スミは透明感のある強い声で存在感を発揮。メゾ・ソプラノ1(サマリアの女)を担当した藤村実穂子は全盛期の声量には及ばぬものの、深い表現力が光った。ソプラノ3(栄光の聖母)の隠岐彩夏は2階LB席上から厳かな歌唱を聴かせた。テノール(マリア崇敬の博士)のマグヌス・ヴィギリウスら他の歌手たちも水準を満たす充実の歌唱で公演成功に大きな役割を果たした。

合唱は新国立劇場合唱団と東京少年少女合唱隊の計175人前後で、超弱音から強大なフォルティシモまで広いダイナミックレンジでインバルの高度な要求に応えた。
インバルは90歳とは思えないかくしゃくたる指揮ぶりで、大編成のオケ、合唱を細部までコントロールし、自らの思い描く作品世界を余すところなく表現し終演後は万雷の喝采を集めた。

(宮嶋 極)

インバルは90歳とは思えないかくしゃくたる指揮ぶりで、大編成のオケ、合唱を細部までコントロールした。また、歌手たちの充実の歌唱が公演成功に大きな役割を果たした 提供:東京都交響楽団 /(c)藤本史昭
インバルは90歳とは思えないかくしゃくたる指揮ぶりで、大編成のオケ、合唱を細部までコントロールした。また、歌手たちの充実の歌唱が公演成功に大きな役割を果たした 提供:東京都交響楽団 /(c)藤本史昭

公演データ

【インバル90歳記念】都響スペシャル

2月16日(月)19:00 サントリーホール 大ホール

指揮:エリアフ・インバル
ソプラノ:ファン・スミ、エレノア・ライオンズ、隠岐彩夏
メゾ・ソプラノ:藤村実穂子、山下裕賀
テノール:マグヌス・ヴィギリウス
バリトン:ビルガー・ラッデ
バス:妻屋秀和
合唱:新国立劇場合唱団、東京少年少女合唱隊
合唱指揮:冨平 恭平、長谷川 久恵
管弦楽:東京都交響楽団
コンサートマスター:矢部 達哉

プログラム
マーラー:交響曲第8番変ホ長調「千人の交響曲」

他日公演
2月17日(火)19:00 東京文化会館 大ホール

Picture of 宮嶋 極
宮嶋 極

みやじま・きわみ

放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。

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