山形交響楽団特別演奏会・演奏会形式オペラシリーズⅣ プッチーニ「蝶々夫人」

地域色を意識した配役に卓越した音楽性と演出――他県からわざわざ足を運びたくなる第一級のオペラ

2019年4月から山形交響楽団(山響)常任指揮者を務める阪哲朗は山形県総合文化芸術館(やまぎん県民ホール=2020年開館)で2023年から年1回、「演奏会形式オペラシリーズ」に取り組んできた。「ラ・ボエーム」「ラ・トラヴィアータ(椿姫)」「トスカ」に続く〝Ⅳ〟は「蝶々夫人」。題名役の森谷真理(ソプラノ)と阪は2022年7月の新国立劇場「高校生のためのオペラ鑑賞教室」の「蝶々夫人」でも共演していた。その時のオーケストラはフル編成の東京フィルハーモニー交響楽団で、ピットに入っていた。

山響常任指揮者・阪哲朗率いる山形交響楽団。オペラシリーズⅣの演目はプッチーニ「蝶々夫人」
山響常任指揮者・阪哲朗率いる山形交響楽団。オペラシリーズⅣの演目はプッチーニ「蝶々夫人」

今回の山響は舞台上に並び、編成は8型(第1ヴァイオリン8人)と小ぶりの編成で第1、第2ヴァイオリンを左右に分ける対向配置を採用した。阪ともどもホールの音響を熟知しており、素晴らしく豊かな響きで歌手たちを支える。ドイツ語圏の歌劇場で長くカペルマイスター(楽長)を務めた阪の音楽づくりはプッチーニを完全にR・シュトラウスの同時代人としてとらえ、スコアから様々な音の色と線を鮮明に浮かび上がらせながら、レガート(滑らか)な旋律の流れを生み出していく。

阪、オーケストラともどもホールの音響を熟知し、素晴らしく豊かな響きで歌手たちを支えた
阪、オーケストラともどもホールの音響を熟知し、素晴らしく豊かな響きで歌手たちを支えた

公演名は「演奏会形式」だが、オーケストラと合唱を舞台後方に並べ、前方に広い演技スペースをしつらえた。歌手は衣装をまとって暗譜で歌い、かなり本格的な演技も伴う。「舞台構成・演出」として太田麻衣子がクレジットされ、下手(客席から見て左)側に星条旗、上手には華やかな打掛が衣紋掛(えもんかけ)に広がっている。日本と米国の間で揺れ動く心理の明快な象徴だ。山響アマデウスコアに山形県内3校の高校生が加わった合唱団(大健闘!=カーテンコールには合唱指揮者が6人も出てきた)にも結婚式の群衆として軽い演技をつけ、最後はお辞儀をしながらはけさせるなど、初めてオペラを観る人にも場面の状況をわかりやすく視覚化する工夫が随所に施されていた。

下手側に星条旗、上手に衣紋掛に広がる打掛が配置され、日本と米国の間で揺れ動く心理の象徴とした。その他、オペラ初心者の理解を助けるための工夫が随所に施されていた
下手側に星条旗、上手に衣紋掛に広がる打掛が配置され、日本と米国の間で揺れ動く心理の象徴とした。その他、オペラ初心者の理解を助けるための工夫が随所に施されていた

森谷のコンディションは特に前半、4年前の新国立劇場と比べてもベストとはいえなかった。低い音域が鳴らず発声も内側にこもりがちのため、アクート(輝かしい最高音域)は張れても、歌詞が明瞭に伝わらない。だが、すでに充実したキャリアを築き「チョウチョウサン」も歌い込んできた役柄なので、ペース配分は確かだった。後半のアリア「ある晴れた日に」からシャープレスとの二重唱、幕切れのアリア「かわいい坊や」にかけて歌がどんどん深まり、プリマドンナの面目を見事に保った。

題名役の森谷真理がプリマドンナの面目を保つ見事な歌声を聴かせた
題名役の森谷真理がプリマドンナの面目を保つ見事な歌声を聴かせた

宮里直樹(テノール)のピンカートンは声楽的に頂点を極め、とりわけ第1幕フィナーレ、蝶々さんとの二重唱の最後に輝かしい最高音を延々と響かせた数秒間は「鳥肌もの」だった。大西宇宙(バリトン)のシャープレスはちょっとニヒルな「イケオジ」風。普段はもう少し年配の歌手の場合が多いけれども、開国直後の〝新興国〟日本に赴任する外交官がそれほど大物だったとも思えないので、大西らしい緻密な演技も伴って絶妙なリアリティーを発揮していた。2人は昨年11月の全国共同制作オペラ「愛の妙薬」(ドニゼッティ)のネモリーノとベルコーレでもあり、目下絶好調の名コンビといえる。

宮里直樹(テノール・手前右)と大西宇宙(バリトン・中央)が、演技とともに素晴らしい歌唱を披露した。画面奥は、ゴロー役の高梨英次郎(テノール)
宮里直樹(テノール・手前右)と大西宇宙(バリトン・中央)が、演技とともに素晴らしい歌唱を披露した。画面奥は、ゴロー役の高梨英次郎(テノール)

スズキの藤井麻美(メゾ・ソプラノ)、ゴローの高梨英次郎(テノール)も発音、演技の両面で隙がなかった。演出によっては下品な女衒(ぜげん)に堕してしまうゴローにパーティージャケットと蝶ネクタイをまとわせ、星条旗にも一瞥(いちべつ)させ、激動の時代をしたたかに生きる人間像を描いた演出、同じテノールでもプリモ=ピンカートンとセコンド=ゴローの声質を明確に分けた指揮者の配役センスの相乗効果が光った。ヤマドリに山形市出身で山形大学准教授の深瀬廉(バリトン)を起用し合唱ともども地域色を意識した点にも感心。他のキャストと互角に歌う深瀬の美声は印象的だった。

カーテンコールより
カーテンコールより

これだけ高水準の公演がS席6,500円からB席3,500円、さらに山響定期会員は10%割引、学生(24歳まで)は半額という破格の低料金で鑑賞できる。次回の「仮面舞踏会」(2027年2月7日)も宮里、大西に中村恵里(ソプラノ)らが加わった豪華キャストで料金は据え置き。東京から聴きにくるファンが年々増えているのも頷ける。

(池田卓夫)

公演データ

山形交響楽団特別演奏会・演奏会形式オペラシリーズⅣ
プッチーニ:歌劇「蝶々夫人」

1月18日(日)15:00やまぎん県民ホール 大ホール

指揮:阪 哲朗
舞台構成・演出:太田 麻衣子

蝶々夫人:森谷 真理
ピンカートン:宮里 直樹
シャープレス:大西 宇宙
スズキ:藤井 麻美
ゴロー:髙梨 英次郎
ボンゾ:三戸 大久
ヤマドリ:深瀬 廉
ケート:石野 真帆

合唱:山響アマデウスコア、山形県立山形東高等学校音楽部・吹奏楽部、山形県立山形西高等学校合唱団、山形県立山形北高等学校音楽科・音楽部

管弦楽:山形交響楽団
コンサートマスター:髙橋和貴

プログラム
プッチーニ:歌劇「蝶々夫人」
演奏会形式(全2幕)日本語字幕付き原語上演

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池田 卓夫

いけだ・たくお

2018年10月、37年6カ月の新聞社勤務を終え「いけたく本舗」の登録商標でフリーランスの音楽ジャーナリストに。1986年の「音楽の友」誌を皮切りに寄稿、解説執筆&MCなどを手がけ、近年はプロデュース、コンクール審査も行っている。

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