サントリーホール クリスマスコンサート2025 バッハ・コレギウム・ジャパン「聖夜のメサイア」

まるで救世主の受難や復活が描かれたバロック絵画――音楽による聖画のような「メサイア」

サントリーホールのクリスマス・イヴといえば、バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)による恒例のヘンデル「メサイア」である。2001年に始まって今回が25回目で、私は毎年聴いてきたわけではないが、何度目かではある。しかし、あえてまっさらな目(耳)でこの「メサイア」に臨んでみた。

毎年恒例、サントリーホールでBCJによるヘンデル「メサイア」演奏会が開催された
毎年恒例、サントリーホールでBCJによるヘンデル「メサイア」演奏会が開催された

管弦楽の編成はいつもの通りで、ヴァイオリンは4人ずつの8人、ヴィオラが2人。トランペットとオーボエが2人ずつとティンパニ。通奏低音としてチェロが2人とコントラバス、ファゴット、オルガン、チェンバロ。オーボエとファゴットは自筆譜にはないが、筆写されたスコアにあることから、入れるのが通例になっている。

いずれにせよ、この小編成とサントリーホールの相性のよさを感じた。鈴木雅明の指揮は、すべての声部が音量から色彩まで細かく制御され、見事なアーティキュレーションを表現する。今回はチェンバロを弾いた鈴木優人の指揮にくらべると構築感が強く、精密に組み立てられている。ヘンデルという作曲家ならではの融通無碍(むげ)な雰囲気は弱いが、管弦楽が物語をかなり具象的に描く。その多彩な表情は、おそらく小さな会場では音が客席に迫ってきすぎて、十分に味わえないだろう。

鈴木雅明の指揮は、すべての声部が音量から色彩まで細かく制御され、見事なアーティキュレーションを表現した
鈴木雅明の指揮は、すべての声部が音量から色彩まで細かく制御され、見事なアーティキュレーションを表現した

各パート5人ずつの合唱と管弦楽のバランスのよさも、この広い空間で奏されるとなおさら活きる。結果として、救世主の受難や復活が広大な教会堂の内陣に描かれたバロック絵画のように、まさに天と地をつないで繰り広げられるように感じられる(英国国教会には聖画は存在しないが、だからこそ音楽が聖画を代用するかのように)。

第2部最後の「ハレルヤ」など、その精緻な組み立てが明瞭に見えるような演奏で、とりわけ聴き応えがあった。その「ハレルヤ」と第3部最後の合唱は、4人の独唱者も合唱に混じって歌った。

その独唱者だが、ソプラノのジョアン・ランはノン・ビブラートを基本に、細い線に音を圧縮させるような歌い方。アルト(カウンターテナー)のレジナルド・モブリーは巨体から繰り出される声が思いのほかやわらかく、どの音域も安定している。テノールの鈴木准は響きを抑えたやわらかい声。バスの大西宇宙は、彼の声には音が低いが、質感を保ちながら重くなりすぎないように声を制御した。第3部のトランペットのオブリガートで歌われるバスの長大なアリアは、とりわけ見事だった。

バスの大西宇宙は、質感を保ちながら重くなりすぎないように声を制御した
バスの大西宇宙は、質感を保ちながら重くなりすぎないように声を制御した

サントリーホールの2階席で独唱を聴くと、響きすぎることが多い。しかし、この晩は適切な響きで、1音1音が明瞭に聴き取れた。独唱に関しても倍音を含む声の広がりを抑え、音量を制御させ、ホールの適性や管弦楽の規模に適応させた結果だろう。そういう点も交えて隙のない演奏だった。

(香原斗志)

公演データ

サントリーホール クリスマスコンサート2025 
バッハ・コレギウム・ジャパン「聖夜のメサイア」

12月24日(水) 18:30サントリーホール 大ホール

指揮:鈴木雅明
合唱・管弦楽:バッハ・コレギウム・ジャパン
ソプラノ:ジョアン・ラン
アルト(カウンターテナー):レジナルド・モブリー
テノール:鈴木准
バス(バリトン):大西宇宙

プログラム
ヘンデル:オラトリオ「メサイア」HWV56

Picture of 香原斗志
香原斗志

かはら・とし

音楽評論家、オペラ評論家。オペラなど声楽作品を中心に、クラシック音楽全般について執筆。歌唱の正確な分析に定評がある。著書に「イタリア・オペラを疑え!」「魅惑のオペラ歌手50:歌声のカタログ」(共にアルテスパブリッシング)など。「モーストリークラシック」誌に「知れば知るほどオペラの世界」を連載中。歴史評論家の顔も持ち、新刊に「教養としての日本の城」(平凡社新書)がある。

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