高水準のアンサンブルに導かれ未来への希望が表現された
ワーグナーを敬愛し、その助手も務めたフンパーディンク。「ヘンゼルとグレーテル」のオーケストレーションからも、ワーグナーに通じる多様な色彩やテクスチュアが浮かび上がる。とはいえ童話劇だから、旋律やリズムに楽劇の複雑さは持ち込まれず、もっと簡素な形態にとどまっている。だからこそ、ワーグナーの技法が応用された音楽に、室内楽による演奏がマッチし、強い説得力が生じたのだろう。
NEXT管弦楽団に箱根の演奏家も加わった10人によるアンサンブルは、東京オペラNEXT音楽監督の村上寿昭の指揮のもと、弦と金管、木管による内声部が明晰(めいせき)に聴こえ、フンパーディンクがねらった豊かな表現が導かれた。たとえば、民謡風の舞曲にせよ、子どもの天真爛漫さを描いた音楽にせよ、用意されている音楽的素材が、むしろ小編成ゆえに際立ち、ドラマに深みをあたえていた。第2幕終わりのパントマイムの場面など、夢の世界が美しく立ち上るようだった。
しかも小編成だからこそ、歌手が声を無理して響かせる必要もない。力んで歌われたらメルヘンの世界が損なわれかねない。まず、ヘンゼル役の十合翔子(メゾソプラノ)とグレーテル役の肥沼諒子(ソプラノ)のコンビは、バランスがとれていた。視覚的にも、十合は見た目も立ち居振る舞いも少年らしさが堂に入り、肥沼はその妹そのもの。十合の声はボーイッシュな味わいを醸し、肥沼は清潔な響きがグレーテルらしい。
お母さん役の高橋華子(メゾソプラノ)は、声の張りに少しヒステリックな響きが加わり、子どもたちへの圧力が自然に表現され、お父さん役の吉川健一(バリトン)も、開放的な歌唱にこの役の善良さが表された。また、精霊は根岸幸の演出のもとでは、魔女の妹とされていたようだが、それを歌った清野友香莉(ソプラノ)の清純な歌唱も印象に残った。
魔女役の澤武紀行(テノール)は圧巻だった。魔女になりきったアクの強い声で強い存在感を示し、正体を現してからの悪辣ぶりまで、活き活きしたドイツ語とともに縦横無尽に表現した。国際レベルの歌唱で、美しく叙情的なメルヘン・オペラに、強烈な芯棒をあたえていた。
ところで、森に囲まれた箱根で森が舞台のこのオペラを上演するのは、意味があるように感じられた。そんななか好感度が高かったのは、はこねKids合唱団である。合唱に不慣れでドイツ語にも縁がない子どもたちが、夏から練習を重ねてこの日に臨んだという。最後、第2幕ではヘンゼルとグレーテルが歌った「夕べの祈り」をもとにしたコラールが歌われ、子どもたちの勝利が印象づけられる。それを無垢(むく)な子どもたちが唱和すると、未来への希望につながるようで、明るい気持ちにさせられた。
(香原斗志)
公演データ
東京オペラNEXT オペラ in 箱根
E.フンパーディンク作曲「ヘンゼルとグレーテル」
12月21日(日)14:00仙石原文化センター(神奈川)
指揮:村上寿昭
演出:根岸幸
ヘンゼル:十合翔子(メゾソプラノ)
グレーテル:肥沼諒子 (ソプラノ)
お父さん:吉川健一(バリトン)
お母さん:高橋華子(メゾソプラノ)
魔女:澤武紀行(テノール)
露の精・眠りの精(二役):清野友香莉(ソプラノ)
ナビゲーター:中村靖
合唱:はこねKids合唱団(特別編成)
室内楽:NEXT管弦楽団 箱根アンサンブル(10名編成)
プロデュース:天羽明惠 (東京オペラNEXT理事)
プログラム
E.フンパーディンク作曲「ヘンゼルとグレーテル」
全3幕ドイツ語・日本語字幕あり
かはら・とし
音楽評論家、オペラ評論家。オペラなど声楽作品を中心に、クラシック音楽全般について執筆。歌唱の正確な分析に定評がある。著書に「イタリア・オペラを疑え!」「魅惑のオペラ歌手50:歌声のカタログ」(共にアルテスパブリッシング)など。「モーストリークラシック」誌に「知れば知るほどオペラの世界」を連載中。歴史評論家の顔も持ち、新刊に「教養としての日本の城」(平凡社新書)がある。










