東京二期会コンチェルタンテ・シリーズ エクトル・ベルリオーズ「ファウストの劫罰」

凝った映像演出――新機軸の演奏会形式上演「ファウストの劫罰」

ベルリオーズの劇的物語「ファウストの劫罰」――東京でこれが全曲演奏されるのは久しぶりである。今回、東京二期会が〝コンチェルタンテ・シリーズ〟として上演したのは、演奏会形式ではあるものの、大規模な映像演出を加えたユニークな新機軸の「ファウストの劫罰」であった。

東京二期会コンチェルタンテ・シリーズ エクトル・ベルリオーズ「ファウストの劫罰」 写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:堀衛
東京二期会コンチェルタンテ・シリーズ エクトル・ベルリオーズ「ファウストの劫罰」 写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:堀衛

指揮は、フランスの俊英マキシム・パスカル。もともと歯切れのいい指揮をする人なのだが、この日の演奏全体から受ける印象は、むしろベルリオーズの音楽の叙情的側面を重視した指揮でもあったように思われる。もちろん、「地獄落ち」の場面などでは、全管弦楽を魔性的に咆哮(ほうこう)させていたのは確かだが、どちらかと言えば、マルグリートの歌を彩る管弦楽の落ち着いた表情、全曲大詰めの救済の合唱での並外れた美しさ、などといったものの方が強い印象を残した。そして、各場面の音楽の個性を劇的に強調して描き分けるというより、全曲を大河のように流して行くという手法の指揮でもあった。読売日本交響楽団の音色も豊麗で、ベルリオーズの管弦楽の色彩感とハーモニーの多彩さをこれほど明確に表出した演奏も、そう多くはないであろう。

左から小泉詠子(マルグリート)、宮里直樹(ファウスト)、北川辰彦(メフィストフェレス) 写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:堀衛
左から小泉詠子(マルグリート)、宮里直樹(ファウスト)、北川辰彦(メフィストフェレス) 写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:堀衛

声楽陣では、まずファウストを歌った宮里直樹の明晰(めいせき)で伸びのある声と、「思索する老博士」の影を秘めた悩める青年といった落ち着いた役柄表現を讃えたい。小泉詠子は可憐で気品のあるマルグリートを美しく表現した。メフィストフェレス役の北川辰彦は黒服に赤い靴という趣向の「悪魔的」(?)服装で登場していたが、いかに「紳士的な悪魔」であるとはいえ、主人公たちを破滅させる黒幕というキャラであるからには、声自体およびその表情にも、もう少し凄味が欲しいところであった。

主人公たちを破滅させる黒幕、メフィストフェレスを演じた北川 写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:堀衛
主人公たちを破滅させる黒幕、メフィストフェレスを演じた北川 写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:堀衛

合唱(二期会合唱団)はステージの奥に位置し、好演を聴かせた。男声が「アーメン・コーラス」を、作曲者が意図したように「下手に」歌わなかったのは、やはり指揮者の意向か。神秘的な部分を歌うところの多い女声合唱は全ての個所で見事な音色を響かせていた。最終部分のみに登場する児童合唱(NHK東京児童合唱団)も歌は美しかったが、歌いながら舞台袖から入場し、舞台前景に並ぶという手法は些(いささ)か聴衆の気を散らすことになったであろう。両側のバルコニー席とかで歌わせるという方法は採れなかったのか?

二期会合唱団が好演し、NHK東京児童合唱団も美しい歌声を聴かせた 写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:堀衛
二期会合唱団が好演し、NHK東京児童合唱団も美しい歌声を聴かせた 写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:堀衛

今回の上演で最も特徴的だったのは、上田大樹による凝った映像演出だ。正面オルガン前に大きなスクリーンを設置、そこに字幕(増田恵子)と映像を投映するだけでなく、映像を舞台の両側の壁いっぱいにまで拡げて迫力を出す。全曲冒頭のファウストのモノローグの際に渦巻いていた黒雲が曲想の変化につれて白雲たなびく碧空に変わって行くというイメージ的な手法だけでなく、軍靴の行進のようなリアルな映像、ポップで賑(にぎ)やかな映像なども入り乱れる。「近所の者たち」の合唱の個所では、歌詞にない住民の罵(ののし)りの言葉などがコメント・スタイルで流されたり、「地獄落ち」の場面でも予想を覆す構成が採られたりするのも面白く、こういうやり方もあるのだなあと感心させられた映像演出であった。
(東条碩夫)

公演データ

東京二期会コンチェルタンテ・シリーズ
エクトル・ベルリオーズ「ファウストの劫罰」

12月13日(土)14:00東京芸術劇場コンサートホール

指揮:マキシム・パスカル

映像:上田大樹
照明:喜多村貴
舞台監督:幸泉浩司
公演監督:永井和子
公演監督補:鹿野由之
合唱指揮:三澤洋史

合唱:二期会合唱団
児童合唱:NHK東京児童合唱団

管弦楽:読売日本交響楽団

マルグリート:小泉詠子
ファウスト:宮里直樹
メフィストフェレス:北川辰彦
ブランデル:加藤宏隆

プログラム
ベルリオーズ「ファウストの劫罰」
日本語字幕付原語(フランス語)上演

他日公演
12月14日(日)14:00東京芸術劇場コンサートホール

※他日公演の出演者等の詳細は、公式サイトをご参照ください。
https://nikikai.jp/lineup/faust2025/

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東条 碩夫

とうじょう・ひろお

早稲田大学卒。1963年FM東海(のちのFM東京)に入社、「TDKオリジナル・コンサート」「新日フィル・コンサート」など同社のクラシック番組の制作を手掛ける。1975年度文化庁芸術祭ラジオ音楽部門大賞受賞番組(武満徹作曲「カトレーン」)制作。現在はフリーの評論家として新聞・雑誌等に寄稿している。著書・共著に「朝比奈隆ベートーヴェンの交響曲を語る」(中公新書)、「伝説のクラシック・ライヴ」(TOKYO FM出版)他。ブログ「東条碩夫のコンサート日記」 公開中。

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