気品に満ちた牛田のショパン、そして意欲満々のブラームス
ワルシャワ国立フィル日本公演は前芸術監督アンドレイ・ボレイコとの実質最終ツアーとなった2024年2月以来1年7カ月ぶり。現在の芸術監督で日本でもおなじみのクシシュトフ・ウルバンスキは今回同行せず、2022年にパリで開催されたラ・マエストラ指揮者コンクールの優勝者で、クラクフ生まれの新進女性指揮者アンナ・スウコフスカ-ミゴンの日本デビューが実現した。

ショパンの協奏曲のソリストは牛田智大。オーケストラは10型(第1ヴァイオリン10人)の小編成ながら、ワルシャワ国立フィルには仄暗い音色の厚みがある。スウコフスカ-ミゴンはフレーズにメリハリをつけたりロマンティックなメロディーを歌わせたりすることよりも、オーケストラのサウンドをマス(塊)として鳴らすことに関心があるようで、ちょっと不思議なバランスの前奏だった。

筆者は牛田が独奏する同じ曲を2021年2月にも聴いている(原田慶太楼指揮読売日本交響楽団との共演)。4年7カ月の間の成熟は驚異的といえ、ソロの開始時点でまず、ソノリティーの格段の向上を実感した。クリスタルな高音の輝きは精妙さ、左手の低音は厚みをそれぞれ増した。旋律を良く歌わせるが感傷には溺れず、美しさと気品で魅了する。第2楽章では指揮者に頼らず、木管楽器のソロと室内楽的コミュニケーションを交わすゆとりも見せた。第3楽章の軽やかさも申し分なく、20歳の青年ショパンの初々しさと気負いを巧みに再現していた。珍しくソリストアンコール無しで、休憩に。

後半は編成を12型に拡大。序奏こそ若い音楽家の気負いを感じたものの、第1楽章のリピートを実行するなど、基本は細やかで丁寧な指揮ぶりだ。第2楽章冒頭の弦楽合奏やコンサートマスターのソロにも、名門オーケストラの味わい深い響きと音色の統一感がある。半面、ブラームスの交響曲の名演奏に欠かせないいくつかの要件、例えば全体を貫く基本速度(グルントテンピ)の設定とか、ドイツ語の拍節感と一体の重低音(オルゲルバス)の持続などが明確に意識されていないため、部分ごとの速度法(アゴーギク)の積み重ねが全体の統一を阻害しがちだ。管楽器のソロも首席奏者に「お任せ」のようで、フレージングや音量を適確にコントロールしないから、整った弦楽合奏に比べ、うるさく聴こえる。音楽性は感じても、まだまだ、今後の熟練に期待する部分が多い。

それにもかかわらず、心いやされるブラームス体験となったのは、ひとえにオーケストラ自体が長い時間をかけて熟成してきた古雅な音色のおかげだった。それは、世界の楽団の多くで失われて久しいものだ。
(池田卓夫)
公演データ
アンナ・スウコフスカ–ミゴン指揮 ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団
9月1日(月) 19:00サントリーホール 大ホール
指揮:アンナ・スウコフスカ–ミゴン
ピアノ:牛田智大
管弦楽:ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団
プログラム
ショパン:ピアノ協奏曲第1番 ホ短調Op.11
ブラームス:交響曲第1番 ハ短調 Op.68
アンコール
ブラームス:ハンガリー舞曲第6番
他日公演
9月2日(火)18:45 愛知県芸術劇場 コンサートホール
9月5日(金)19:00 富士市文化会館ロゼシアター(静岡)
9月6日(土)14:00 千葉県文化会館
9月7日(日)14:00 北上市文化交流センター さくらホールfeat.ツガワ(岩手)

いけだ・たくお
2018年10月、37年6カ月の新聞社勤務を終え「いけたく本舗」の登録商標でフリーランスの音楽ジャーナリストに。1986年の「音楽の友」誌を皮切りに寄稿、解説執筆&MCなどを手がけ、近年はプロデュース、コンクール審査も行っている。