ピョートル・アンデルシェフスキ ピアノ・リサイタル

達人ならではのクールな道程

若いと思っていたピョートル・アンデルシェフスキも頭に白いものが目立つようになり、すっかりベテランの風格を漂わせるようになった。しかし音楽面では、鬼才らしい攻めの姿勢を崩さないのが彼の行き方。今回の来日プログラムも、知的なつながりを周到に張り巡らせたユニークな構成を採り、心技体そろった円熟の名演で会場をうならせた。

音楽面で攻めの姿勢を崩さないアンデルシェフスキらしいユニークな構成のプログラムで聴衆をひきつけた
音楽面で攻めの姿勢を崩さないアンデルシェフスキらしいユニークな構成のプログラムで聴衆をひきつけた

まずベートーヴェンとバルトーク、両者の一筋縄ではいかない「バガテル」を対比させるアイデアからして秀逸だ。楽聖最晩年の作品126は、機知と余韻をたたえた珠玉の傑作。アンデルシェフスキは研ぎ澄まされたタッチで緩急自在に妙趣を拾い上げ、練達の解釈を披露した。特に右手方向の音色と打鍵のコントロールがみごと。

ショパンの「3つのマズルカ」作品59(当初発表への追加曲目)と、シマノフスキ「20のマズルカ」抜粋は連続して演奏された。ショパンでデリケートな陰影が織りなす深いメランコリーを表出すると、間を置かずに、シマノフスキのたゆたうような不安定でほろ苦い世界へ突入。聴き手は、マズルカの時空を超えた異化効果に息をのんだ。両作品を並べて弾きたくなった理由が、よくわかった。
アンデルシェフスキが放つ強力な磁場に吸い込まれて、ここまでの前半1時間弱は、時の経過を忘れさせた。

研ぎ澄まされたタッチで練達の解釈を披露した
研ぎ澄まされたタッチで練達の解釈を披露した

シマノフスキ作品とバルトーク「14のバガテル」は、昨夏に録音した新譜(ワーナー)でも柱となっていた。ポーランドとハンガリーは彼の出自に絡むこともあり、いま彼の心に最も近い2作品なのだろう。バルトークでは高いテンションを維持し、細心の打鍵によって簡潔で辛口のモダニズムを強烈に提示した。
したがって、その後に控えたバッハ「パルティータ」第1番が、なんとも甘美な懐かしさを呼び起こすことになる。柔らかい音色と軽快なリズムで雅やかな興趣を引き出し、最後を飾った。まことに達人ならではのクールな道程だった。
(深瀬満)

公演データ

ピョートル・アンデルシェフスキ ピアノ・リサイタル
2024年4月13日(土)14:00紀尾井ホール

プログラム
ベートーヴェン:6つのバガテル作品126
ショパン:3つのマズルカ作品59
シマノフスキ:20のマズルカ作品50より第3・7・8・5・4番
バルトーク:14のバガテル作品6,BB 50 Sz38
J.S.バッハ:パルティータ第1番変ロ長調BWV825

アンコール
J.S.バッハ:パルティータ第6番 BWV830より 第5曲サラバンド
平均律クラヴィーア集第2巻より ヘ短調 BWV881 プレリュード
バルトーク:3つのチーク県の民謡

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深瀬 満

ふかせ・みちる

音楽ジャーナリスト。早大卒。一般紙の音楽担当記者を経て、広く書き手として活動。音楽界やアーティストの動向を追いかける。専門誌やウェブ・メディア、CDのライナーノート等に寄稿。ディスク評やオーディオ評論も手がける。

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