クリスティアン・アルミンク指揮 広島交響楽団 被爆80周年 2025「平和の夕べ」コンサート

鎮魂と和解のメッセージを音楽に込めて~平和への誓いを新たにした夕べ

広島交響楽団は1963年に広島市民交響楽団として発足、1972年にプロ化した。創立以来一貫して音楽による平和への貢献を活動の柱に掲げ、1945年に広島へ人類史上初の原子爆弾が投下された日、8月6日の前夜に「平和の夕べ」コンサートを開き重ねてきた。被爆80周年に当たる今年は8月5日の広島、7日の大阪、8日の東京と3か所に規模を拡大し、鎮魂と和解のメッセージを発信。筆者は最終日の東京を聴いた。

毎年恒例、広島交響楽団による「平和の夕べ」コンサート。被爆80年の今年は、広島に加えて大阪、東京と3か所で開催された ※写真は8月5日(火)の広島公演より 提供:広島交響楽団
毎年恒例、広島交響楽団による「平和の夕べ」コンサート。被爆80年の今年は、広島に加えて大阪、東京と3か所で開催された ※写真は8月5日(火)の広島公演より 提供:広島交響楽団

前半はロシア出身で米国在住のヴィルトゥオーゾ(名手)、ダニール・トリフォノフを独奏に迎えたラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番」で、オーケストラは12型(第1ヴァイオリン12人)の編成。トリフォノフは自身が選定した現代イタリアの名器FAZIOLI(ファツィオリ)を携えて3会場を回った。技術の困難はもとより存在せず、オーケストラと渡り合うだけの音量も十分、透き通るような弱音にもきちんと「芯」が通る。いちどは挫折を味わった作曲者が20世紀最初の年(1901年)、再起を期して放った大ヒット作に込めた心の軌跡まで丁寧にすくい上げ、ベタベタしたロマンティシズムには目もくれない。第2楽章では美しい歌を紡ぐが、レガート(滑らかさ)過剰を避け、いく分ゴツゴツしたタッチで硬質の抒情美を引き出した。フィナーレは様々な葛藤を激烈に描き分けながら速度を上げ、大詰めではアルミンク、広響の音楽家たちと心を1つにして壮大なドラマを締めくくった。

ラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番」でソリストを務めたダニール・トリフォノフ。オーケストラと渡り合うだけの音量も十分だった ※写真は8月5日(火)の広島公演より 提供:広島交響楽団
ラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番」でソリストを務めたダニール・トリフォノフ。オーケストラと渡り合うだけの音量も十分だった ※写真は8月5日(火)の広島公演より 提供:広島交響楽団

後半は編成を14型に拡大、ラフマニノフの1年前の1900年に完成したマーラーの最も短い交響曲、第4番が奏でられた。戦争犠牲者を悼み、平和への誓いを新たにする場面では往々にしてレクイエム(鎮魂曲)が演奏されるが、最終楽章でソプラノが「天上の喜び」を歌い上げるマーラー「第4」も十分、この機会に相応しい音楽だった。

オーストリア人アルミンクは新日本フィルハーモニー交響楽団の音楽監督時代(2003〜13年)からオーケストラの音色をウィーン風に柔らかく整え、透明度の高い響きを引き出す手腕に定評があった。2024年4月の広響音楽監督就任記念演奏会でR.シュトラウスの「アルプス交響曲」を指揮した際も音色の顕著な変化に驚いたが、1年後の現在はさらに楽員とのコレスポンデンスが深まり、コンビの相性の良さを印象づけた。全体にゆっくり目のテンポ(演奏時間60分)をとり、カルテット・アマービレの第2ヴァイリンでも知られるコンサートマスター、広島出身の北田千尋をはじめとする首席奏者のソロにも管楽器を含めて深い気持ちがこもり、音楽による慰めに徹していた。

マーラー「交響曲第4番」の最終楽章で、天上の喜びを歌い上げたソプラノの石橋栄美 ※写真は8月5日(火)の広島公演より 提供:広島交響楽団
マーラー「交響曲第4番」の最終楽章で、天上の喜びを歌い上げたソプラノの石橋栄美 ※写真は8月5日(火)の広島公演より 提供:広島交響楽団

ソプラノの石橋栄美は交響曲だけでなく、北田のオブリガートを得てアンコールの歌曲「明日!」(R.シュトラウス)の独唱も担った。落ち着いた音色、支えの確かな発声で天上の世界を素朴かつ清らかに歌い上げる様もまた、演奏会の趣旨に適っていた。
(池田卓夫)

公演データ

広島交響楽団 被爆80周年 2025「平和の夕べ」コンサート

8月8日(金) 19:00東京オペラシティ コンサートホール

指揮:クリスティアン・アルミンク
ピアノ:ダニール・トリフォノフ
ソプラノ:石橋栄実
管弦楽:広島交響楽団
コンサートマスター:北田千尋

プログラム
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番ハ短調Op.18
マーラー:交響曲第4番ト長調

ソリスト・アンコール
(ダニール・トリフォノフ)
チャイコフスキー:「子どものアルバム〜24のやさしい小品」より
Op.39-24〝教会で〟、Op.39-21〝甘い夢〟

オーケストラ・アンコール
(オーケストラ/石橋栄実)
リヒャルト・シュトラウス:「Morgen!(明日!)」Op.27-4

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池田 卓夫

いけだ・たくお

2018年10月、37年6カ月の新聞社勤務を終え「いけたく本舗」の登録商標でフリーランスの音楽ジャーナリストに。1986年の「音楽の友」誌を皮切りに寄稿、解説執筆&MCなどを手がけ、近年はプロデュース、コンクール審査も行っている。

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