フェスタ サマーミューザKAWASAKI 2025 出口大地指揮 東京フィルハーモニー交響楽団 ほとばしるヴィエニャフスキ、駆け抜けるベト7

自在に弾かれたヴィエニャフスキの超絶技巧、秩序と熱が好バランスのベト7

第17回ハチャトゥリアン国際コンクール指揮部門の覇者、出口大地が登場。ベートーヴェンの劇付随音楽「エグモント」序曲は、導入部の悲劇性より、クライマックスの勝利の表現のほうに説得力があった。そのことは後半に聴く交響曲第7番を予見するうえで、悪い兆しではない。

第17回ハチャトゥリアン国際コンクール指揮部門の覇者、出口大地が登場 ©増田雄介/ミューザ川崎シンフォニーホール
第17回ハチャトゥリアン国際コンクール指揮部門の覇者、出口大地が登場 ©増田雄介/ミューザ川崎シンフォニーホール

続いて、ポーランド生まれでヴァイオリンのヴィルトゥオーゾだったヘンリク・ヴィエニャフスキのヴァイオリン協奏曲第2番。ソリストは、2022年にまさにヴィエニャフスキ国際ヴァイオリン・コンクールで優勝した前田妃奈だった。超絶技巧を交えながら、軽々と弾き進める。

その旋律も超絶技巧も急速度も、18世紀のオペラ・セリアや19世紀初頭のベルカント・オペラのアリアに似たところがある。往時の名歌手が自在に歌うあまり、オーケストラを追い越してしまうかのようで、出口指揮の東京フィルとの対話云々を言い出せばいろいろあるが、ヴィルトゥオーゾを管弦楽が追いかけるのを含め、そのころのオペラが好きな筆者には、すこぶるおもしろかった。

ヴィエニャフスキ「ヴァイオリン協奏曲第2番」のソリストは、2022年にヴィエニャフスキ国際ヴァイオリン・コンクールで優勝した前田妃奈が務めた ©増田雄介/ミューザ川崎シンフォニーホール
ヴィエニャフスキ「ヴァイオリン協奏曲第2番」のソリストは、2022年にヴィエニャフスキ国際ヴァイオリン・コンクールで優勝した前田妃奈が務めた ©増田雄介/ミューザ川崎シンフォニーホール
前田のアンコール、ヨアヒムのスコティッシュ・メロディを経て、後半はベートーヴェンの交響曲第7番。 第1楽章から緻密な演奏である。とりわけ特徴的な付点リズムなど、非常に正確に打たれていく。縦の線がしっかり揃っていないとそうはならず、出口はその点に神経を使っている。だが、縦の線に神経が集中しすぎる余りか、旋律がもうひとつ流れない。結果として、この曲らしい舞踊性が不足する。 そんなことを考えながら第2楽章まで聴いていたが、第3楽章のスケルツォから勢いが増してきた。しっかりと揃った縦の線がようやく熱を帯びはじめたようで、音が弾み、流れていく。そして、第4楽章はさらにエネルギーを得てコーダまで駆け抜けた。しかも、縦の線が堅固だから、秩序が保たれたまま熱を帯び、そのままクライマックスに至る。第1楽章のやや滞ったような演奏は、ここでの勢いのためのものだったのか。いずれにせよ、この対比はよい意味でベト7らしかった。
ベートーヴェン「交響曲第7番」。第3楽章から勢いを増し、第4楽章でさらにエネルギーを得てコーダまで駆け抜けた ©増田雄介/ミューザ川崎シンフォニーホール
ベートーヴェン「交響曲第7番」。第3楽章から勢いを増し、第4楽章でさらにエネルギーを得てコーダまで駆け抜けた ©増田雄介/ミューザ川崎シンフォニーホール

アンコールはヨーゼフ・シュトラウスのピッツィカート・ポルカ。高揚したあとに、ぴたりと揃ったピッツィカートが心地よかった。

(香原斗志)

公演データ

フェスタ サマーミューザKAWASAKI 2025 東京フィルハーモニー交響楽団
ほとばしるヴィエニャフスキ、駆け抜けるベト7

8月6日(水)15:00ミューザ川崎シンフォニーホール

指揮:出口大地
ヴァイオリン:前田妃奈
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:依田真宣

プログラム
ベートーヴェン:劇付随音楽「エグモント」Op.84序曲
ヴィエニャフスキ:ヴァイオリン協奏曲 第2番 ニ短調 Op.22
ベートーヴェン:交響曲第7番 イ長調 Op.92

ソリスト・アンコール
ヨアヒム:スコティッシュ・メロディ

オーケストラ・アンコール
ヨーゼフ・シュトラウス:ピッツィカート・ポルカ

Picture of 香原斗志
香原斗志

かはら・とし

音楽評論家、オペラ評論家。オペラなど声楽作品を中心に、クラシック音楽全般について執筆。歌唱の正確な分析に定評がある。著書に「イタリアを旅する会話」(三修社)、「イタリア・オペラを疑え!」(アルテスパブリッシング)。ファッション・カルチャー誌「GQ japan」web版に「オペラは男と女の教科書だ」、「モーストリークラシック」誌に「知れば知るほどオペラの世界」を連載中。歴史評論家の顔も持ち、新刊に「教養としての日本の城」(平凡社新書)がある。

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