楽譜にこだわり抜いて表された「大家」の「大家」らしい音
猛烈な暑さのなか、足取りも重くミューザ川崎シンフォニーホールに向かったが、サマーミューザは人気で(最近のシティ・フィル人気もあるのだろうが)、ほぼ満席。やはり席が埋め尽くされたホールのほうが、落ち着いて聴ける。

さて、前半はベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」。楽譜に徹底的にこだわる高関健らしく、とても折り目正しいベートーヴェンで、もう少し小気味よさがあっていいとも感じるが、それはともかく、小山実稚恵のピアノは第1楽章冒頭のソロから力強く、そこに叙情美がにじむ。第2楽章の詩的な弱音にも引き込まれた。終始張りつめた情熱的な演奏が、高関が指揮するシティ・フィルの重厚な音と、緊密にからみ合った。
小山のアンコールはショパンのノクターン第2番。叙情的な温かさが沁みた。

後半はマーラーの交響曲第1番「巨人」。第1楽章冒頭、バンダのトランペット3本がひっくり返って興が削がれもしたが、気を取り直して耳を凝らすほど、高関らしい楽譜が透けて見えるような演奏だ。各声部の音が明瞭すぎるほど明瞭で、誇張したり、情に流されたりすることが一切ない。細部が大切にされるあまり、流れが淀むと思われたところもあるが、各声部にこだわった万華鏡のような音世界には、流れる以上の魅力があるともいえる。また個人的な印象だが、ていねいな音作りからは、若きマーラーの実直さが浮き上がるようにも感じた。
第2楽章は木管の歯切れがよく、第3楽章はコントラバスのソロにしびれた。そして第4楽章になると集中度が高まって、もはや流れの停滞云々は感じられない。ホルンのソロも素晴らしく、ホルンが起立して吹くように指示されている終結部は、トランペットとトロンボーンも加わって圧巻のエネルギーが伝わり、聴いていて興奮を強いられた。

ところで今回、楽譜はクービック校訂による2019年改訂版を(未完の状態で)入手し、日本ではじめて使用したという。
(香原斗志)
公演データ
フェスタ サマーミューザ KAWASAKI 2025
高関健指揮 東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
「皇帝」×「巨人」クラシックの大家たち
7月27日(日)15:00ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:高関 健(東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団 常任指揮者)
ピアノ:小山実稚恵
管弦楽:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
コンサートマスター:戸澤哲夫
プログラム
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 Op.73「皇帝」
マーラー:交響曲第1番 ニ長調「巨人」
ソリスト・アンコール
ショパン:夜想曲第2番 変ホ長調Op.9-2

かはら・とし
音楽評論家、オペラ評論家。オペラなど声楽作品を中心に、クラシック音楽全般について執筆。歌唱の正確な分析に定評がある。著書に「イタリア・オペラを疑え!」「魅惑のオペラ歌手50:歌声のカタログ」(共にアルテスパブリッシング)など。「モーストリークラシック」誌に「知れば知るほどオペラの世界」を連載中。歴史評論家の顔も持ち、新刊に「教養としての日本の城」(平凡社新書)がある。