世界のヤマカズ絶好調!圧巻のフィナーレまで全身全霊の演奏を聴かせる
サントリーホール公演初日の1曲目は、ラヴェルの「ラ・ヴァルス」。ホールはほぼ満席。オーケストラの前に現れた山田はしばし間をおいて静寂を作る。コントラバスの弱音のトレモロがいつ始まったのか分からない、コンサートの始まりにふさわしい印象的な出だしだ。
その後はワルツのリズムに乗って勢いを増し、眩い色彩を放ちながら狂騒の渦の中に入っていく。山田は明快かつダイナミックな動きでリズムや音楽の骨格を示し、オーケストラとともに19世紀ウィーンの妖艶で奇怪な幻想に満ちた舞踏会を描き出す。

河村尚子をソリストに迎えたラフマニノフの協奏曲第2番。冒頭8小節間の独奏で河村は和音の内声の声部を、タイミングをずらして際立たせてみせた。終演後に尋ねたら初めての試みで緊張感を持たせたかったとのこと。実際河村はその後も研ぎ澄まされた感性と強い精神力で見事に全曲を弾き切った。ラフマニノフにふさわしい重たいサウンドと粘りの効いた歌い回し。緩急、静動の差を大きくとり、巧みなアゴーギクとともに繋いでいくが、オーケストラとの掛け合いが見事。滔々とした大河の流れのような弦のトゥッティは同響の真骨頂だろう。

第2楽章が絶品。最弱音のピアノと木管、弦の完璧なバランス。中間部の息を潜めたソロの哀愁。終楽章でソロはオーケストラとともにより輝きと表現の強度を増していく。アンコールは2曲。華麗かつダイナミックなコーダの興奮を「楽興の時」で鎮めた後に、超絶技巧の「熊蜂の飛行」を軽やかなタッチでさらりと弾いてみせた。

そしてチャイコフスキーの第5番。昨日(6月30日)は「もの凄くよく鳴る、活きの良いオーケストラ」という感慨を新たにしたが、この日は統制のとれた整然とした表現が前面に。率直で肌理(きめ)濃やかな指揮にオーケストラが全身全霊で応え、悲劇的な運命に対する葛藤と勝利を迫真のドラマとして聴かせる。かなり遅いテンポで奏でられた第2楽章のホルンのきりっとした美音によるニュアンス豊かなソロがすばらしい。表現の対照も大きい。中間部終わりの金管の地響きがするほどの強奏と響きの余韻を残して終わる最後のクラリネット。第3楽章の柔らかく揺れるワルツ。終楽章の弦の優しい音色と長いフレージング、主部で気分が一変してマーチは前進の愉悦と希望に溢れる。弦の硬い刻みと鳴りの良さ。喜びの凱歌と圧巻のフィナーレで全曲を終えた。

割れるような喝采に応えて演奏されたアンコールの「威風堂々」第1番は、正真正銘のブリティッシュ・サウンズによるノリノリの快演。再現部で山田はどこからか取り出したスレイベルと小さな鈴を両手にリズムを取り、客席が手拍子。どこかで見た光景だったなと思ったら、今年1月の日本フィルと同じ趣向だった。第2楽章の終わりで山田が木管奏者から紙コップの水をもらって飲む場面があったが(熱中症に気をつけて!)、こうした気取りのなさ、率直なふるまいもまた、楽員との距離を縮めて本気の演奏を引き出すのだろう。世界のヤマカズ絶好調だ。(那須田務)
公演データ
RMF&山田和樹 グローバル プロジェクト
山田和樹指揮 バーミンガム市交響楽団
7月1日(火) 19:00サントリーホール 大ホール
指揮:山田和樹
ピアノ:河村尚子
管弦楽:バーミンガム市交響楽団
プログラム
ラヴェル:ラ・ヴァルス
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番ハ短調Op.18
チャイコフスキー:交響曲第5番ホ短調Op.64
ソリスト・アンコール
ラフマニノフ:楽興の時 Op.16-5
リムスキー=コルサコフ/ラフマニノフ:熊蜂の飛行
オーケストラ・アンコール
エルガー:行進曲「威風堂々」第1番ニ長調Op.39
※これからの他日公演
〇7月2日(水) 19:00サントリーホール 大ホール
指揮:山田和樹
ピアノ:イム・ユンチャン
管弦楽:バーミンガム市交響楽団
プログラム
ショスタコーヴィチ:祝典序曲イ長調Op.96
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第4番ト短調Op.40
ムソルグスキー(ヘンリー・ウッド編):組曲「展覧会の絵」
〇7月4日(金)19:00アクロス福岡シンフォニーホール
指揮:山田和樹
ピアノ:イム・ユンチャン
管弦楽:バーミンガム市交響楽団
プログラム
ラヴェル:ラ・ヴァルス
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第4番ト短調Op.40
チャイコフスキー:交響曲第5番ホ短調Op.64
〇7月5日(土)15:00ロームシアター京都メインホール
指揮:山田和樹
チェロ:シェク・カネー=メイソン
管弦楽:バーミンガム市交響楽団
プログラム
ショスタコーヴィチ:祝典序曲イ長調Op.96
エルガー:チェロ協奏曲ホ短調Op.85
ムソルグスキー(ヘンリー・ウッド編):組曲「展覧会の絵」
〇7月6日(日)14:00横浜みなとみらいホール 大ホール
指揮:山田和樹
ピアノ:イム・ユンチャン
管弦楽:バーミンガム市交響楽団
プログラム
ラヴェル:ラ・ヴァルス
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第4番ト短調Op.40
チャイコフスキー:交響曲第5番ホ短調Op.64

なすだ・つとむ
音楽評論家。ドイツ・ケルン大学修士(M.A.)。89年から執筆活動を始める。現在『音楽の友』の演奏会批評を担当。ジャンルは古楽を始めとしてクラシック全般。近著に「古楽夜話」(音楽之友社)、「教会暦で楽しむバッハの教会カンタータ」(春秋社)等。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。