トーマス・ヘル(ピアノ)プロジェクト 2025 I リゲティ&バルトーク

ヘルの洗練された精密な解釈で、曲の本質的な魅力を知らしめる

ドイツの鬼才ピアニスト、トーマス・ヘルの日本での評価に対して、TOPPANホールが果たした役割は甚大だ。今回は2回構成のプロジェクトに発展した。初日はヘルが得意なリゲティで始まり、この作曲家が敬愛したバルトークに続くハンガリー・プロ。ソロからデュオ、4人と奏者が増えて行っても、ヘルの強烈な支配力は不変だった。

ドイツの鬼才ピアニスト、トーマス・ヘルが、ハンガリー・プロを披露した(C)大窪道治 写真提供:TOPPANホール
ドイツの鬼才ピアニスト、トーマス・ヘルが、ハンガリー・プロを披露した(C)大窪道治 写真提供:TOPPANホール

冒頭の「ムジカ・リチェルカータ」はリゲティ初期の傑作。昨秋にピエール=ロラン・エマールがベートーヴェン「バガテル」と1曲1曲交互に並べて披露し、エスプリあふれる新鮮な展開で驚かせたが、ヘルも先鋭な解釈では人後に落ちない。
精緻に組み上げたドイツ風の論理的なアプローチで、鋼のように磨かれた硬質なタッチを駆使。打鍵やペダルのコントロールが行き届き、強音でも響きが濁らない。「メスト」「ラメントーソ」(悲しげに)と表情記号が付された曲のどす黒い雰囲気と、直後で対をなすアレグロなど快速な曲の躍動的な運動性とのコントラストが、深い印象を残した。

バルトークのヴァイオリン・ソナタ第2番。ヴァイオリンは山根一仁(C)大窪道治 写真提供:TOPPANホール
バルトークのヴァイオリン・ソナタ第2番。ヴァイオリンは山根一仁(C)大窪道治 写真提供:TOPPANホール

バルトークのヴァイオリン・ソナタ第2番で組んだのは俊英の山根一仁。実演に恵まれない名品だが、ここでもヘルのピアノが冴えた。研ぎ澄まされた緊張感をすみずみまで漂わせる第1楽章、野性味ある民俗色を鮮やかに浮かび上がらせた第2楽章と、ヘルはリゲティから続く流れを生かして作品の真価を明らかにした。これに対し山根は抑制の利いたスムーズな奏風で応じ、ヘルに触発されていった。

バルトークの「2台ピアノと打楽器のためのソナタ」(C)大窪道治 写真提供:TOPPANホール
バルトークの「2台ピアノと打楽器のためのソナタ」(C)大窪道治 写真提供:TOPPANホール

後半は、独特な楽器編成を採るバルトークの「2台ピアノと打楽器のためのソナタ」。共演者には谷口知聡(ピアノ)、竹原美歌(パーカッション)、ルードヴィッグ・ニルソン(同)という面々が選ばれた。この作品もオリジナルの4人編成で聴けるチャンスは少ない。
ヘルは洗練された精密な解釈で全体を引っ張り、勢いにまかせずに制御を働かせていく。粗さのない整然とした作りから、この作品に潜む古典的な均整感が現れ、やはり曲の本質的な魅力を知らしめた。

ヘルならではの鋭い視点が、そこかしこに光る当プロジェクト、続く第2夜(5月29日)のショスタコーヴィチとバッハにも期待がかかる。

(深瀬満)

公演データ

トーマス・ヘル(ピアノ)プロジェクト 2025 I リゲティ&バルトーク
5月26日(月)19:00 TOPPANホール

ピアノ:トーマス・ヘル
ヴァイオリン:山根一仁
ピアノ:谷口知聡
パーカッション:竹原美歌
パーカッション:ルードヴィッグ・ニルソン

プログラム
リゲティ:ムジカ・リチェルカータ
バルトーク:ヴァイオリン・ソナタ第2番Sz76
バルトーク:2台ピアノと打楽器のためのソナタSz110

※他日公演
トーマス・ヘル(ピアノ)プロジェクト 2025 II J.S.バッハ&ショスタコーヴィチ
5月29日(木)19:00トッパンホール

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深瀬 満

ふかせ・みちる

音楽ジャーナリスト。早大卒。一般紙の音楽担当記者を経て、広く書き手として活動。音楽界やアーティストの動向を追いかける。専門誌やウェブ・メディア、CDのライナーノート等に寄稿。ディスク評やオーディオ評論も手がける。

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