華麗な「皇帝」、青春の夢と痛み、儚さの「巨人」
今年のアイリスオーヤマ・クラシックスペシャルは、「王道か異端か」と題して、広上淳一が仙台フィルとベートーヴェンの「皇帝」とマーラーの「巨人」を披露した。

「皇帝」のソロは小川典子。第1楽章、堂々たるオーケストラの和音の中から煌めくばかりのピアノのパッセージが飛び出す。とにかく小川のソロは明るくブリリアント。広上の指揮は音楽の流れが自然で風格があり、まさに「王道」というにふさわしい。第2楽章で弦が奏でる主題の長いフレーズとレガートが見事。ピアノはほどよい緊張感を保ちつつ、磨き抜かれたタッチで変奏を紡いでいく。変ホ長調に転じたピアニシモから次楽章への移行が印象的。ソロはさらに輝きを増し、リズムの愉悦に満ちたオーケストラと一体となって力強く終楽章ロンドを駆け抜けた。ベートーヴェンのトランペットとホルンは読響の首席奏者たちが客演していたが、休憩後のマーラーで合点がいった。かつてケルンのオーケストラで活躍し、読響の金管を率いていた山岸博(仙台フィルの客演首席奏者)が一番ホルンを担当して金管セクションの要となっていたからだ。

弦を増強した「巨人」の第1楽章、導入部とファンファーレ、春を告げる木管のカッコウ、ホルンによる森の角笛を経て、「さすらう若人の歌」の〝朝の野辺を歩けば〟の旋律を奏でる弦の柔らかなサウンドとフレージング。金管の活躍が際立ち、静と動が明快で、展開部の終わりから再現部に至る鮮やかなクレッシェンドとクライマックスが凄まじい。第2楽章は比較的落ち着いたテンポでよく整理され、空間の広がりを感じさせる。弦はもっとサウンドに厚みがあって良いと思えるものの、トリオ部の透き通るような弱音の、とりわけ艶やかで蠱惑(こわく)的な節回しが魅力だ。第3楽章はカノン風葬送行進曲に続く、民族音楽調の主題の艶と馬鹿騒ぎの賑やかさが、その後の弦の奏でる主題(「彼女の青い目が」)の哀感を引き立て、第3部の管楽器の不協和な響きが暗い影を落とす。そして終楽章冒頭の激しさはあたかもホールの空気が歪むほどだ。ここでも弦のリリカルな第2主題が美しく、青春の夢と痛み、儚さを感動的に表現。その後も展開部から冒頭楽章の回想、圧巻のコーダに至るまでとても聴かせる。聴衆の喝采に応えて広上がスピーチ。父の転勤で数年間住んだ仙台と、恩師外山雄三が育てた〝歌う心を持った〟仙台フィルへの想いを語って奏でられた「ニムロッド」もまた、情熱的な〝歌〟を迸(ほとばし)らせた忘れえぬ演奏となった。
(那須田務)

公演データ
アイリスオーヤマ・クラシックスペシャル2025
広上淳一指揮 仙台フィルハーモニー管弦楽団
5月21日(水)19:00サントリーホール 大ホール
指揮:広上淳一
ピアノ:小川典子
管弦楽:仙台フィルハーモニー管弦楽団
コンサートマスター:西本幸弘
プログラム
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 Op.73「皇帝」
マーラー:交響曲第1番 ニ長調「巨人」
オーケストラ・アンコール
エルガー:変奏曲「エニグマ」Op.36より第9変奏 〝ニムロッド〟

なすだ・つとむ
音楽評論家。ドイツ・ケルン大学修士(M.A.)。89年から執筆活動を始める。現在『音楽の友』の演奏会批評を担当。ジャンルは古楽を始めとしてクラシック全般。近著に「古楽夜話」(音楽之友社)、「教会暦で楽しむバッハの教会カンタータ」(春秋社)等。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。