洗練されたスタイルは健在!ヒューマンな温かみをたたえる音楽で聴き手を魅了
ブラジルが生んだ世界的なギター・デュオ、アサド兄弟は、ことし結成60周年。そのお祝いを兼ねて20年ぶりの来日公演が実現した。会場では休憩なしの90分公演と告知され、集中度の高い一本勝負になった。

セルジオ(1952年生まれ)とオダイル(1956同)のアサド兄弟は、巨匠アンドレス・セゴビアの弟子、モニーナ・タヴォラにクラシック・ギターを学ぶ一方、ポピュラー音楽とのつながりも持ち、幅広い適応力を高めてきた。セルジオは作曲や編曲の腕も確かだ。
その洗練されたスタイルは健在だった。きわめて精緻な合奏を自然な呼吸で築き上げ、決して声高にならない。ニュアンス豊かで内省的、ヒューマンな温かみをたたえる。エレガントなデリカシーで聴き手を魅了した。
プログラムは著名作曲家の作品とセルジオの自作曲を、交互に置いて進んだ。二人は冒頭のピアソラ「トロイロ」組曲の〝バンドネオン〟で、じんわり会場の空気を染め始めると、2曲目〝シータ〟でピアソラ一流のペーソスを歯切れ良く呈示し、一気に流れに乗せた。続くセルジオ初期の代表作「3つのブラジルの情景」で多彩な音色や語法を繰り出し、客席を完全に引き込んだ。そうなるとニャターリの「ワルツ」での洒落た感覚や自在な伸び縮み、「コルタ・ジャカ」での気ままなグルーヴ感が一層引き立った。

セルジオの自作曲で、解釈のピントはぐっと向上する。小組曲形式の「リオの1週間」は市内の名所を7日間で巡る趣向。当日は6日分を取り上げ、丁寧に描き分けた。描写は息をのむ精密感にあふれ、まるで精巧に彫り込まれた木工細工に見入るよう。早世したギタリストを追悼した「ディアンスと3つの時」も同工で、複雑な和音やコード進行を鮮やかに処理した。途中に埋め込まれた「愛の賛歌」など著名作品のパロディが印象を高めた。ECMレーベルで活躍したギタリスト、エグベルト・ジスモンチの「パラーソ」など2曲では、ほがらかな開放感や自然な躍動がペース変化に役立った。
キャリアの長いギター・デュオが、いまだに類いまれな音楽性を備え、神通力を維持しているのを目の当たりにした。
(深瀬満)

公演データ
アサド兄弟ギター・リサイタル
4月25日(金)19:00日本製鉄 紀尾井ホール
ギター:セルジオ・アサド 、オダイル・アサド
プログラム
ピアソラ:「トロイロ」組曲より〝バンドネオン〟〝シータ〟
ヴィラ=ロボス:「ブラジルの魂」
ジスモンチ:「パラーソ」「やくざなバイヨン」
ニャターリ:「ワルツ」「コルタ・ジャカ」
セルジオ・アサド:「3つのブラジルの情景」、組曲「リオの1週間」「ディアンスと3つの時」「タヒヤ・リ・オーソリナ」
アンコール
アントニオ・ラウロ:ナターリア
セルジオ・アサド:組曲「夏の庭」より〝さようなら〟
セルジオ・アサド:メニーノ

ふかせ・みちる
音楽ジャーナリスト。早大卒。一般紙の音楽担当記者を経て、広く書き手として活動。音楽界やアーティストの動向を追いかける。専門誌やウェブ・メディア、CDのライナーノート等に寄稿。ディスク評やオーディオ評論も手がける。