東京・春・音楽祭2025 「こうもり」(演奏会形式)

実力歌手の充実した歌唱と演技、スタイリッシュで美しいジョナサン・ノットの音楽作りで聴衆を魅了した「こうもり」

東京・春・音楽祭2025の最終公演となるジョナサン・ノット指揮、東京交響楽団によるヨハン・シュトラウス2世の「こうもり」を取材した。ノット&東響コンビの同音楽祭登場は初めて。彼らがこれまで演奏会形式で上演してきたリヒャルト・シュトラウスらのオペラと同様に大きなセットは使わないものの、テーブルやいすなどの小道具を用いて演技を行うセミ・ステージに近いスタイル。それだけにアドリアン・エレート(アイゼンシュタイン)をはじめとする芸達者な歌手たちの歌唱と演技が大いに映え、ノット&東響が織りなすスタイリッシュで表情豊かな演奏と相まって観客・聴衆を大いに楽しませる充実のステージが繰り広げられた。

ヨハン・シュトラウス2世「こうもり」(演奏会形式)。ジョナサン・ノット指揮、東京交響楽団によるスタイリッシュな演奏と、芸達者な歌手たちの歌唱と演技が繰り広げられた(C)飯田耕治/東京・春・音楽祭2025
ヨハン・シュトラウス2世「こうもり」(演奏会形式)。ジョナサン・ノット指揮、東京交響楽団によるスタイリッシュな演奏と、芸達者な歌手たちの歌唱と演技が繰り広げられた(C)飯田耕治/東京・春・音楽祭2025

前出のエレートに加えてマルクス・アイヒェ(ファルケ博士)、ソフィア・フォミナ(アデーレ)らの歌手陣がいずれも多彩で生き生きとしたパフォーマンスを披露。中でも当初出演を予定していたロザリンデ役のヴァレンティーナ・ナフォルニツァが妊娠の判明で来日困難になったことを受けて急きょ代役に立ったルーマニア出身のソプラノ、アニタ・ハルティヒの健闘も光った。この役最大の聴かせどころ、第2幕のチャールダーシュ「故郷の調べ」では、変化に富んだ指揮に合わせて、前半のゆっくりした部分と後半の速いテンポの緩急差を大きくつけてハンガリー民謡らしい情熱的な歌で客席を沸かせた。歌手たちの充実の演技の裏には〝構成〟の肩書で事実上の演出に当たったウィーン国立歌劇場で再演演出と演出補を担当するリリ・フィッシャーの存在も大きな役割を果たしていたことが容易に想像できる。

急きょ代役に立ったルーマニア出身のソプラノ、アニタ・ハルティヒ(ロザリンデ)とアドリアン・エレート(アイゼンシュタイン)(C)増田雄介/東京・春・音楽祭2025
急きょ代役に立ったルーマニア出身のソプラノ、アニタ・ハルティヒ(ロザリンデ)とアドリアン・エレート(アイゼンシュタイン)(C)増田雄介/東京・春・音楽祭2025

最後はノットの音楽について。速めのテンポでキビキビと音楽を進めていくのは、お馴染みの彼のスタイルではあるが、いつもと違うのはシャープな表現は抑え気味で軽快さや美しさが前面に打ち出されていたことだ。歌手の旋律だけではなくオケの内声部にも光を当てることで、響きの微妙な変化を際立たせて劇的効果を増幅させていた。一例を挙げよう。第1幕終盤、夫のアイゼンシュタインが外出した後、妻のロザリンデが昔の恋人アルフレートと夕食を共にしているところに刑務所長のフランクが現れる場面。普段はあまり聴き取ることができないオケの和声の移ろいがクリアに聴こえることで不安に揺れ動くロザリンデの心情が如実に伝わってきた。鮮やかな手腕である。こうした仕掛けが全曲にわたって施され、登場人物の感情や息遣いが巧みに表現された名演に仕上がった。当然、終演後は万雷の喝采とブラボーが沸き起こり、オケが退場後も鳴り止まずノットは歌手たちとともに舞台に再登場し歓呼に応えていた。こうした盛り上がりのうちに38日間、約140公演が開催された今年の東京春祭は大団円を迎えた。

(宮嶋極)

終演後は万雷の喝采とブラボーが沸き起こり、ノットと歌手たちが舞台に再登場し歓呼に応えていた(C)飯田耕治/東京・春・音楽祭2025
終演後は万雷の喝采とブラボーが沸き起こり、ノットと歌手たちが舞台に再登場し歓呼に応えていた(C)飯田耕治/東京・春・音楽祭2025

公演データ

東京・春・音楽祭2025
喜歌劇「こうもり」全3幕/ドイツ語上演・日本語字幕付(演奏会形式)

4月20日(日)15:00 東京文化会館 大ホール

指揮:ジョナサン・ノット
アイゼンシュタイン:アドリアン・エレート
ロザリンデ:アニタ・ハルティヒ
アデーレ:ソフィア・フォミナ
アルフレート:ドヴレト・ヌルゲルディエフ
ファルケ博士:マルクス・アイヒェ
オルロフスキー公爵:アンジェラ・ブラウアー
ブリント博士:升島唯博
フランク:山下浩司
イーダ:秋本悠希
フロッシュ:志村文彦
合唱:東京オペラシンガーズ
合唱指揮:米田覚士
構成:リリ・フィッシャー
管弦楽:東京交響楽団
コンサートマスター:小林 壱成

プログラム
ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「こうもり」
全3幕/ドイツ語上演・日本語字幕付(演奏会形式)

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宮嶋 極

みやじま・きわみ

放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。

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